2010年9月03日 by replan

きのうから十勝でのアース21の例会。
北海道を中心とした地域工務店の集合体の集まりです。
毎回、例会は各地域での会員社の住宅を見学し、
勉強して、相互研鑽を積み重ねて来ています。
そのなかから、
写真は十勝のカラマツを使ってのツーバイフォー材の
製材現場です。
これまで輸入材一辺倒だったのですが、
最近、国産材への取り組み強化が各地域で盛り上がっています。
十勝はカラマツの森林が広がっていて
しかも、木造のツーバイフォー普及率が大変高い地域であり、
そういった条件から、
国産ツーバイフォー材の生産が行われ始めているのです。
カラマツは、戦前には石炭生産の現場の仮構材として
あるいは鉄道の枕木として、大量に植え込まれたものです。
ところが、そういった需要が下火になり、
長期に亘っての植林活動が
経済原則から大きくはずれた結果、
山林だけが取り残されている、という結果になっているわけです。
そのような背景を持ちながら、本来的な住宅資材としての活用に
期待が集まっていると言うことです。
なんですが、
きのうの十勝は32度を超える暑さ。
そのなかでほとんど無我の境地で
全9箇所の見学を歩き続けておりました(笑)。
ちょうどこの工場のところでは、ほぼ気絶寸前の状態。
やはり、寄る年波には辛い。
木の皮を剥いて、寸法を揃えて
裁断されて出荷されていきます。
ツーバイフォーの他にも、在来の構造材も生産されています。
で、本日はそのメンバーでの研修会が朝から。
そしてそのあとは、テーマを絞っての座談会と日程が続きます。
でもまぁ、本日はすずしいホテル内での会合。
やや人心地のついた状態で行われております。
なんとか、もうひとがんばりしたいと思います。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Filed under: リプラン&事業 | No Comments »
2010年9月02日 by replan

ドタバタの末に、民主党は代表選挙に突入した。
密室の中で、談合によって人事をやりとりしてうやむやにして
「挙党一致」ということよりも
はるかに、いいことだと思う。
確かに経済の情勢は厳しく、政争をやっている時間があるのか、
という側面はあるけれど、
そういうことならば、常に政権を持っている側にだけ有利に働く。
与党の中で対立があって、内部運営でうまくいかないのなら、
そして、選挙規約があってスケジュールが決まっているのなら、
やりたい人間が出て、選挙をするのは当然のことだと思う。
で、マスコミは相変わらず、
表面的なウラ情報に基づいた解説をしか書かない。
基本的な政権公約について、論議しない。
昨日発表された公約は、以下のようになっている。
■菅直人氏の代表選公約骨子
・党の資金は透明なプロセスを経て配分
・消費税を含む税制抜本改革を検討。実施前に国民の信を問う
・衆院選マニフェスト修正は国民に率直に説明
・国家公務員給与の人事院勧告を超える削減を目指す
・普天間問題は、日米合意を踏まえて取り組む
・首相が直接指揮して予算編成
◇
■小沢一郎氏の代表選公約骨子
・政権交代の原点に返り、衆院選マニフェストを誠実に実行
・国家予算207兆円の全面組み替えで財源確保
・子ども手当は12年度から月額2.6万円支給
・ひも付き補助金の一括交付金化
・国会の機能強化と官僚答弁の禁止
・普天間問題は、沖縄県、米政府と改めて話し合う
菅直人の方は、現に今、政権を動かしている立場なので
至極当然のことを書き連ねている。
どうも、この政治家、完全に財務省の傀儡になったのかと見まごう。
一方で、小沢の方は民主党のばらまきと言われた政策に忠実に
原点回帰を鮮明にしている。
そんなことができるのか、という疑問を感じるが、
「最後のご奉公」とかれが言う以上、一定の成算は持っているのだろう。
で、おや、と思い、またマスコミではほとんど重視していないのが、
・国家予算207兆円の全面組み替えで財源確保
というポイントだ。
まぁ、これは政府予算の内、
一般的に論議している「一般会計」だけではなく、
「特別会計」というものも含めて、大なたを振るいます、と書いてある。
この「特別会計」は、予算審議ではほとんど論議されず、
たとえば道路特定財源とか、全国で乱脈経営を繰り返した
「かんぽの宿」のような、官僚機構のいわば自由裁量での予算。
本来、政府予算というのは、このすべてを指すのだけれど、
この「特別会計」は聖域化されていて、
頑強に官僚機構が専断を繰り返してきた部分なのだ。
この部分に切り込みたい、と書いてあるわけだ。
これまでも小泉改革でも取り組んできた部分だけれど、
まともな成果はなかなか出てこなかった。
ここに切り込んでいくと、相当の既得権益との摩擦を覚悟しなければならない。
ものすごい「政治力」が必要。
小泉以上の政治的付託を受けた人物か、
相当の覚悟を持った政治家しか、ここには切り込めない。
小沢にこれが出来るのか、
いや、実は官僚機構からその甘い汁部分を吸い上げようというのか。
真意はわからない。
しかし、今日この時点でこういう方針を打ち出すというのは
政治家として、わたしは評価したいと思う。
少なくとも、菅直人の具体的でまったくポリシーの感じられない
公約とは、大きな違いを感じた。
政治というのは、結局調整能力であって、
ビジョンはよかったけれど、そういう能力に欠けていた鳩山から、
言葉と実際ではどうも乖離を感じる菅直人とは
まったく違った政治的資質は感じてくる部分がある。
小沢なら、官僚機構と本格的に渡り合って
かれらの既得権益にメスを入れられるだけの力量はあるかも知れない。
逆にそうであるから、官の側の利益代表としての東京地検が
あそこまで違法寸前の捜査情報リークを繰り返してきた
真実があったのかも知れない。
日本の基本的病巣に、本格的に切り込んでいく可能性を感じた。
これはかなり、本気で革新的な政権公約だと思う。
まぁ、政治家の言うことなので
そのまま、信用できるのかどうか、わからないけれど、
公約として発表する以上、
また、政治的には相当の覚悟で立候補する以上、
これはある程度、本気だと思ってもいいのではないか。
さて、こういうポイント、論議の核心になっていくのかどうか、
マスコミの今の反応で言うと、
どうもスルーしたいのではないかと、疑っている。
心配です。
<写真は小沢の選挙区にある、古代東北の反逆者・アテルイを弔う「達谷の窟」>
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »
2010年9月01日 by replan

っていうしかありませんね、これ。
関東以南では、いまもって35度以上の暑さが続き、
北海道の9月だというのに、まだ32度の最高気温という状況。
まぁ、北海道なのにと言われながら、
けっこう、事務所や自宅(以前は事務所も兼ねていた)では
エアコンを設置しているので、
仕事中は、それほど影響はないのですが、
営業の人とか、連日の猛暑で、外回りはなかなかたいへんですね。
っていうなか、明日から2日間わたしは道東へ出張取材。
そうしたら、関東にも行かねばならない用事ができて
カラダはふたつない、ということでそちらは、カミさんに行ってもらうことにしました。
で、その段取りとかもあるのですが、
猛暑の中なので、スケジュールの段取りもそれを考慮に入れないと、状態。
出張で行くので、あちこちこの機会に、
と考え始めると、ギュー詰めの日程になりますが、
移動や、日中の外の徒歩とかを考えると、
うーむ、と考え込まざるを得ませんね。
とくに首都圏の場合、クルマでの行動計画は現実的ではないので、
なかなかスケジュール調整は難しい部分もありますね。
先日の出張でも、北海道の感覚で移動日程を組んで動いたら、
暑さで、さすがにグロッギーになりましたから。
ことしは、北海道もこの暑さが続いています。
32度って、ちょっと考えられません。
やはり温暖化というのは本当なのでしょうか。
まぁ、東京まで人口密度も高くはなく、
家の中は、断熱が良ければ外気よりもぐっと温度が低いので、
まぁ、過ごしやすいとは言えますが、
逆に、夏の高温多湿をしのぐ、写真のような伝統的工夫、
涼感装置は北海道には多くなく、こういう生活文化がない。
北海道でも、こういった部分の装置を仕掛けるような動きが必要かも知れません。
一方で、首都圏以南では、
こういう厳しい気候条件に対しての対応を、
きちんと「断熱」で、対処しなければならないと感じます。
「めざましテレビ」では、暑さの実証実験のようなものをやっていましたが、
そのなかに、断熱した建物の涼しさというものをもっと積極的に仕掛けるべき。
まぁ若干はそういう試みも行われていましたが、
基本的に暑さに対しては、伝統的な対処の仕方が
隙間だらけにして空気の流動を考える、という対応が主流。
そういう考えに凝り固まって、気密化に対して
過剰反応のように、そんなのはダメという建築関係者は多い。
しかしその一方で、気密性の悪い、言葉を換えて言えば
熱効率の悪い環境のなかで、ひたすらエアコンで熱交換している。
基本的には、住宅の熱性能を高めることではなく、
ひたすら、機器で、力づくで対応しているのが現実。
断熱は今や、温暖蒸暑気候地域でこそ、不可欠なのだと思います。
でもまぁ、それはそれとして、
わたしの子どもの頃には、こういった写真のような文化は
多少なりとも、札幌の住宅地などでは見られていたと記憶しています。
で、こういう装置は、メンテナンスが大変なので
各家庭の奥さんたちが、一生懸命に設置したり片付けたりしていた。
今日では、そういった家事労働がひどく密度低下していると感じます。
社会が、こういうメンテナンスを必要とする作業に対して
時間を掛けられなくなっているのが現状ですね。
さて、そういうのは、
文化的に見て、進歩しているのか、
大変疑問だなぁと、強く感じている昨今であります。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »
2010年8月31日 by replan

飲食店の外観って、
それだけの情報で、そこで提供される食べ物が
おいしいか、おいしくないか、
即座の判断を求められる最たるものですね。
建築というものの意味が、
そのひとの経験値に組み込まれて、
総合的な判断として結果するように認識の仕組みが出来上がっている。
そば屋は、大体のパターンが存在し、
そういう了解の元で、印象のなかでの比較検討がある。
それは、定型的なパターンを踏む方向で大部分は向かうけれど、
一方で、革新的に違うパターンを創造しようとするケースもある。
こういう部分は、亭主の感覚の部分なので
そういう味を巡っての対話が
店ののれんをくぐる前に勝負が行われているのですね。
で、ある程度、納得してから客は店に入ってくる。
そこからが、雰囲気とか、器とか、
さまざまな勝負も続く・・・・。
まぁ、そういう全体を楽しんでもいるわけですね。
これって、一般の人と建築というものの関係性で
いちばん重要な意味を持っているかも知れません。
なにしろ、ことは、食べることに直接関係する本然的部分。
その時点での直接的しあわせに直結している。
そのような経験値は、外食の習慣が一般的になってくると
必然的に増えてくるものでしょうね。
一般的に、そういう経験値と比較して
「いごこちのいい家」っていうものの体験経験値は
一般の人には、どうしても不足するのは当然なのか?
自分が住むべき住宅については、
その選択の有り様を考えたら、
この飲食店舗を選択するほどの徹底した感覚の動員はないように思える。
いや、そうではないかも知れない。
たとえ、定型的なマンションを選択するときでも
その立地性に対しての鋭敏な選択はどん欲に追求されているものかも知れない。
そういう感覚動員はあり得るものかも知れない。
一般的に「注文住宅」っていうものの本質は
このような「どう暮らしたいのか」というイメージの世界。
納得できる暮らし方のための背景装置の必要十分条件検索は
そのひとによって違いはあるけれど、
いわば選択力、想像力の部分で、「施主」としての力というものはある。
建築的言語での知見はなくとも、
それを感受する力量、それを使いこなせる力量のようなものは存在する。
たぶん、わたしたちのように
年間で200も300も注文住宅を見続けていると、
そういった施主さんの力が見えてくるケースが多い。
そういう意味では、
まだ注文住宅を建てていない人は、
外食店舗への感受性を磨くことが、
いい家、というもの、雰囲気というものへの感受性を鍛えていく
格好の手段であるのかも知れませんね。
みなさん、いかがお考えでしょうか?
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Filed under: 住宅取材&ウラ話 | No Comments »
2010年8月30日 by replan

さてきのうのテーマからの続編的なことを・・・。
明治の時に、
世界の民族国家間戦争の時代に急速に対応した日本
鄧小平の指導によって改革開放し
グローバル経済の時代に急速に対応した中国
どちらもよく似た「開発独裁」的な政治と官僚機構とで
短期間に世界の最前線に自国の位置を押し上げてきた。
欧米的価値観世界に対応するのに
日本の方が、より小国なので、政治的には対応が早くできた
というか、その後の民主主義の浸透にも
歴史的に「野党」の存在があった分(江戸期の外様大名など)
長く皇帝権力体制が続いてきた「革命の国」中国とは
対応力に差があったということでしょうか。
今日、この時点で言えば、
開発独裁型は中国の国情に似合っている部分の方が色合いが強く
経済運営を強権的に進められる分、
中国の方が、対応が早い部分があって、グローバル経済の時代には
こういう政治体制の方が似合っているのではないかとも思える。
しかし、国内的にはまごうことなく「独裁国家」であって、
民主も法制も、浸透はしていない。
また、浸透したときにどうなっていくのか、予断は許さない。
そもそも、12億人の社会が機能的に民主主義を実現できるのか、
場合によっては、とんでもない「民主主義」が発生する危険も感じる。
いずれにせよ、
中国という国家は、そもそも多民族国家であり、
それも現状は、中央地帯を支配している漢民族主体の政権であり、
それがイデオロギーと武力で他民族を強制的に同族化させているプロセス。
そして三国時代ではないが、
結局、漢民族の世界も、大きくはいくつかの地域国家に向かう
地政的必然性を持った社会であると言えると思います。
ちょうど、ドイツとフランスと、南欧地域というような
ヨーロッパ・EUとよく似ている。
そういう社会の特徴は、多様性の受容という経験値が高い。
一方で日本社会は、多様性というものに対する寛容度が低い。
簡単にヒステリー的な民族主義・排外主義が興りやすい。
たぶん、中国を中心にするアジア世界での日本に対する反発の根源は
ここらあたりの部分に対する歴史的教訓が伏線としてあるのだと思う。
歴史的には、
日本は、この超大国国家と、ずっと向き合い続け、
朝鮮のように近すぎなかった幸運の元、
比較的、相対的独立性を維持できてきた。
いまは、経済的には切っても切れないような関係性の中にあって
付き合いが、深くなって行かざるを得ない。
隣人関係は選べない以上、調和的関係を志向していかねばなりません。
そう考えれば考えるほど、
歴史的な関係性の把握って、きわめて重要だと感じさせられますね。
写真は、旭川郊外の「大雪窯」さんの庭にあった茶室。
きのうは、このお庭の中で、いろいろな
催事が行われて、参加しておりました。
そのうち、書きます。
北のくらしデザインセンター
NPO住宅クレーム110番|イザというときに役立つ 住まいのQ&A
北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
Filed under: 状況・政治への発言 | No Comments »