歴史のレイヤーのなかで物語を紡ぎ、普遍的な価値を生み出していく優れた建築には、景観との調和や目的に合わせた空間のプランニング、素材の活かし方など豊かな家づくりにつながるエッセンスが凝縮されています。永く心地よく暮らせる住まいのヒントを探しに、弘前れんが倉庫美術館を訪ねました。

「延築」で創り出された古い煉瓦倉庫の新しい価値

弘前藩の城下町として栄えた青森県弘前市。明治に入ると、外国人教師を招いたことをきっかけに多くの教会や洋館が建てられ、今も街のあちこちにレトロな洋風建築物が残されています。

弘前れんが倉庫美術館は、酒造工場として明治・大正期に建設された「吉野町煉瓦倉庫」をリノベーションし2020年に開館した美術館です。戦後にはこの建物で、国内で初めて大々的にシードルが製造されるなど、弘前の街とともに約100年の歴史を刻んできました。

芝生と木陰が心地よい広場の一角に建つ煉瓦造りの美術館(右)とカフェ・ショップ棟。静かな存在感を持って街の景観と調和している
芝生と木陰が心地よい広場の一角に建つ煉瓦造りの美術館(右)とカフェ・ショップ棟。静かな存在感を持って街の景観と調和している

建築計画をリードしたのは「エストニア国立博物館」の設計などで知られる世界的な建築家・田根 剛さんです。コンセプトは「記憶の継承」。近代産業遺産を解体するのではなく、建物に宿る記憶を更新するように煉瓦を積み上げ、現代美術館として再生させたいとの願いや想いが込められています。

美術館のエントランスに入ると、過去の展覧会を機に奈良美智さんから弘前市へ寄贈された大きな犬のオブジェが迎えてくれる 《A to Z Memorial Dog》2007年 ©︎Yoshitomo Nara
既存の建物のリベット(鋲)溶接が打ち込まれた鉄柱に支えられた1階の展示室。コールタールの黒い壁を部分的に活かすなど、この建物ならではの展示空間となっている (「小沢剛展 オールリターン ー百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる」展示風景)
既存の建物のリベット(鋲)溶接が打ち込まれた鉄柱に支えられた1階の展示室。コールタールの黒い壁を部分的に活かすなど、この建物ならではの展示空間となっている (「小沢剛展 オールリターン ー百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる」展示風景)

美しい建築空間に散りばめられた家づくりのヒント

全国に数多くある世界で活躍する建築家が設計した公共施設は、上質な建築に親しみ、多様な空間体験を重ねるのに絶好の場所。弘前れんが倉庫美術館も、この建築ならではの物語や個性が至るところに垣間見えます。

受付や展示室、ライブラリーなどの内部空間で目を引くのが、素材の組み合わせの妙。古い煉瓦と新しい煉瓦、木と金属、コールタールの黒い壁と塗装仕上げの白い壁。特徴の異なる素材が絶妙なバランスで心地よさや緊張感をつくり出し、素材が持つ美を体感できます。

窓からの光が心地よい陰影をもたらす階段まわりの空間。階段左手の壁は、漆喰をはがして既存の煉瓦壁を現しにした。パイン材で仕上げたカウンターの腰壁と、手すりとの一体感を持たせた手すり壁が1階と2階の連続性を表現。シードル・ゴールドに塗装したステンレスのカウンターとの組み合わせも美しい
窓からの光が心地よい陰影をもたらす階段まわりの空間。階段左手の壁は、漆喰をはがして既存の煉瓦壁を現しにした。パイン材で仕上げたカウンターの腰壁と、手すりとの一体感を持たせた手すり壁が1階と2階の連続性を表現。シードル・ゴールドに塗装したステンレスのカウンターとの組み合わせも美しい
2階にある美術関係の出版物などを閲覧できるライブラリー。白い壁に囲まれたエリアは美術館の事務所として使われている。天井一面に広がる木造の小屋組みは、古いものと新しいものが調和するように配慮しながら、部分的な梁の入れ替えや構造補強などの改修工事を行った
2階にある美術関係の出版物などを閲覧できるライブラリー。白い壁に囲まれたエリアは美術館の事務所として使われている。天井一面に広がる木造の小屋組みは、古いものと新しいものが調和するように配慮しながら、部分的な梁の入れ替えや構造補強などの改修工事を行った

シードル工場だった歴史を表すシードル・ゴールドに輝く屋根は、チタンの金属板を新たに葺き直したものですが、古い煉瓦壁や周囲の景観と不思議に調和。こうした素材の選び方は、家づくりにも通じるものがあります。同館広報の大澤美菜さんは「天気や時間帯によってさまざまな色に変化するんです。毎日見ていますが、毎日いいなって思います」と笑います。

2階にあるライブラリーには、カフェ・ショップ棟の屋根が間近で眺められる窓が。この美術館のシンボルともいえる菱葺きで仕上げた特注チタンの屋根材がじっくり観察できる
ライブラリーには、カフェ・ショップ棟の屋根が間近で眺められる窓がある。この美術館のシンボルともいえる菱葺きで仕上げた特注チタンの屋根材がじっくり観察できる

そして美術館の隣には、シードル工房を併設した平屋づくりのカフェ・ショップ棟があります。この建物の正面の煉瓦壁は、最も古い明治時代のもの。この壁を活かしながら、新たに木組みで構造をつくった開放感あふれる空間で、お買い物や大切な人たちとの時間をゆっくりと味わうのも良さそうです。

明治時代につくられた煉瓦壁をそのまま活かしたカフェ・ショップ棟正面の壁
明治時代につくられた煉瓦壁をそのまま活かしたカフェ・ショップ棟正面の壁

街で暮らす人も遠くから訪れる人も、誰もが自由に使える公共施設が洗練された建築空間であるのはとても幸せなこと。空間の心地よさ、ディテールや経年変化の美しさに直に触れることで、イマジネーションも広がります。この場所で100年の時間旅行を楽しみながら、家づくりのヒントを見出してみてはいかがでしょうか。

《A to Z Memorial Dog》2007年 ©︎Yoshitomo Nara

北海道江別産の煉瓦で規則正しく積み上げられたエントランスの壁面。壁のジグザグ模様がそのままヘリンボーン柄の床へとつながるような独特なデザインだ


Idea.1 経年変化の美しい素材を使う

屋根に正方形の特注チタン板を約13,000枚使用したり、外壁を古い煉瓦壁と調和するようにエイジング加工して用いたり、受付カウンターをパイン材を張って仕上げたりと、時間とともに美しく変化していく素材づかいが、空間の心地よさと歳月を重ねることで生まれる美しさにつながっていきます。

Idea.2 古いものを意匠として活かす

建物に刻まれた歴史を受け継ぐことができるという点が、リノベーションの大きな魅力です。ただそれを古いまま残すのではなく、素材や場所に応じて見せ方を工夫し、古いものから滲む時間の蓄積との調和に配慮しながら新しく取り入れる要素を検討することで、今やこれからにふさわしい空間になっています。

Idea.3 色彩と照明で世界観をつくる

正面の壁以外は、新しくつくられたカフェ・ショップ棟ですが、木組みの大空間の店内は、煉瓦づくりの美術館の世界観をそのまま感じさせる内装に。その要となっているのが、濃い木の色と煉瓦色のコンビネーション。その空間を引き立てる間接照明や、美術館2階のライブラリーを彷彿とさせるペンダントライトが、空間をより魅力的に演出しています。

 おすすめMENU 

BRICKサンド

煉瓦を模したようなかたちをしたカフェオリジナルのサンドイッチ。その日おすすめの青森県産の肉や野菜を数多く使ったボリューミーな一品です。

アップルチーズ

青森県産リンゴのキャラメリゼをベースにして、バスク風チーズケーキに仕上げています。チーズの風味とリンゴのほのかな甘酸っぱさの相性が抜群です。

 

弘前れんが倉庫美術館

所在地:青森県弘前市吉野町2-1
開館時間:9:00-17:00
休館日:火曜日 (祝日の場合は翌日に振替)、年末年始
URL:https://www.hirosaki-moca.jp/
Facebook:https://www.facebook.com/hirosaki.moca/