数多くの広葉樹と山野草、生き物が共生する利根別自然休養林。豊かな自然環境にひかれて通い詰めていた、森の研究者であるNさん夫妻は休養林に隣接する宅地110坪を15年前に取得しました。そして、京都の建築家 Megaの長坂大さんに設計を依頼し、永住の家を建てました。休養林の自然景観と一体となったカラマツの外壁が印象的な住まいの施工を手掛けたのは、武部建設。「北海道の木への想いと造詣が深く、大工さんの仕事もしっかりしていて、施工を安心してお任せできました」と、Nさんは母屋の新築時を振り返って語ります。

設計/Mega 長坂 大 構造設計/下山 聡
中心に立つと書棚が見渡せる楕円のフォルムについて長坂さんは、「スイスの建築家、ピーター・ズントーが設計した聖ベネディクト教会が強く脳裏にありながらも、一定の距離を取ることに苦心しました」と語る。現場を担った武部建設生え抜きの27歳の棟梁が、この美しいアールを再現するため、図面に描かれた楕円を4分割にし、部材を刻み組んでいったという

それから8年ほどの歳月が流れ、Nさんはかねてから購入を検討していた隣地も入手。「落ち着いた勉強の場が欲しい」と再び長坂さんに設計、武部建設に施工を依頼して、書斎と書庫を兼ねた別棟の建築に着手しました。出来上がったプランは、楕円のフォルムが特徴。「木造建築に長けた武部建設なら、大工さんが楽しみながらつくってくれると思っていました」。

Nさんと北海道の木への強い想いを共有する武部建設は、母屋の外壁に採用した社有林のカラマツ間伐材のほか、とっておきの道産材、古材を建物づくりに用いることを提案しました。「今ではとても貴重なマカバ、クルミの無垢材をはじめとする、上質なストック材を目の当たりにして、武部建設の北海道の森や木を大切にする姿勢を再認識しました」。

楕円の両端に、ご夫妻それぞれのデスクを造作。デスクの天板は、道産クルミのはぎ合わせ板。Nさんは「緑を眺めるひとときも大切にしたい」と、自分のデスク前にも小さな開口を設けた。デスク下のモルタル仕上げの床には床暖房を設置。母屋からケーブルを引き、ネット環境も整えた
アールを描く壁一面に本棚を設え、キャットウォークへつながる階段を設置。階段を支える桁は左右でヒバ古材とタモ材を使い分けた
玄関もミニマムな大きさ、仕様に。木のフレームのような玄関から望む木々の四季は、一枚の絵のよう

2020年2月、じっくりと時間をかけて施工された約28㎡の別棟が完成。武部建設はご夫妻が一年を通して、心地よく集中して研究ができるよう、母屋同様の性能を確保することも提案し、ご夫妻のデスクまわりを中心に床暖房を採用しました。「厳冬期でも暖房を入れておくとふんわりと暖かく、無落雪屋根の勾配もこの地域の積雪量に合うようきめ細かく調整してくれたのが嬉しかったです」。

「静かで集中できる空間にしたい」というNさんの要望を反映して、開口は最小限に絞り、16ヵ所のハイサイドライトを採用
縦長の開口からにじむ光と影も、空間のアクセントに
階段とキャットウォークには、富良野の東大演習林で伐採されたマカバ材を採用。木とモルタルのコントラストが美しい

熟練の技で美しいアールを描きだした壁には、何年か後には膨大な研究資料や書籍が収まり、欧州の古い図書館のような佇まいとなることでしょう。貴重な道産材と古材を随所に生かした空間は、北海道の木材標本館のようです。

武部建設社有林で育ったカラマツの間伐材を用いた外壁。ワイヤーブラシで磨いただけのカラマツ材は、経年変化で灰色に変わる。建物の周りに生えている低木は、完成後にご夫妻が植えたもの。歳月を重ねるほどに、楕円の建物を包み込むように育つ。ご夫妻はその変化も楽しみにしているそうだ

建物は敷地に自生していたナラやコブシ、ズミなどの既存樹を最大限に生かして建てられています。さらに、ご夫妻がフィールドワークの際に採取した種から育てた幼木や若木を建物の南側に新たに植樹。この夏はNさん自ら穴を掘り、水辺の生きもののための小さな池をつくりました。「無塗装の外壁は風雪に洗われて灰色になり、周りの木々は育ち、水辺には新しい植物や生き物がやって来るでしょう。その変化も楽しみながら暮らし、新しい学びを得たいと思います」と、Nさんは嬉しそうに語ってくれました。