青森空港から車を走らせること小一時間。青森県七戸町(しちのへまち)の中心部から少し離れたところにある金子ファームの敷地の一角に、かやぶき屋根の古民家が静かに佇んでいます。金子ファームは、八甲田山を望む雄大な自然の中で肉牛と乳牛を育てている複合型経営牧場です。

かつての七戸町は馬産地で、ここには、戦前は農耕馬や軍馬、戦後は競走馬の生産で全国に名を馳せ、数多くの名馬を輩出した歴史ある牧場がありました。旧南部藩の地域に特徴的な造りで建てられたこの「南部曲屋(まがりや)」は、競走馬の厩舎とその管理事務所として使われてきたものでした。

金子ファームがこの場所を受け継ぎ、1912年(明治45年)建築の「南部曲屋育成厩舎 一号厩舎」の所有者となったのは2006年のこと。「近代馬産の記憶を今に伝える歴史ある建物をどのようなかたちで残していくべきか、地域の方々とも対話を重ねながら、時間をかけて考えました」と同社の金子明美さんは話します。

青森県を拠点に活動する建築家の福士 譲さん、福士美奈子さんと相談しながら見出したのは、外観や構造を活かして当時の面影を残しながら、今の暮らしやこの場所にふさわしい使い方ができる空間に再生するためのリノベーションです。「七戸町の歴史である人と馬がともに暮らした文化を、建物を通して後世へ伝えていける場にしたいと思いました」。

設計から完成までおよそ1年半。2020年春にこの「南部曲屋育成厩舎 一号厩舎」は、「曲屋KANEKO」として再生されました。登録有形文化財のため、外観はそのままの姿。厩舎としての機能を残しながら、牧場を訪れた人たちが気軽に立ち寄り、集って心地よく過ごせるよう空間全体がデザインされています。

「曲屋KANEKO」は今は、敷地内にあるレストランでつくる「特製まがり屋お弁当」付きの予約制貸しスぺースとして使われています。既存を生かした洋風の応接間のほか、馬房のモジュールを生かして設計された掘りごたつ席のある和室や、じゅうたん敷きの和洋折衷の部屋、個室にも大部屋にもできる可変性のある多目的スペースと、集う人の数や年齢、好みなどに応じて選ぶことができます。

「地域の方々の会合や、ご法事などの親戚の集まり、友人同士のランチ会などで使われることが多いですね」と金子さん。七戸町は、ちょうど青森市と八戸市の間くらいにあるので、離れて暮らす家族や友人が集合するのに都合がいい場所でもあるのだそう。

昔はカヤ置き場などとして使われていた2階には、小さなギャラリーを新設しました。古材のこっくりと深い風合い空間に対して、階段をぐるりと囲むシンプルな白壁の仕上げ。1階と2階の色や雰囲気のコントラストが、新鮮な印象を生み出しています。

そしてギャラリーのフレームレスの窓と天窓の先に広がるのは、ライトアップされた大迫力の小屋裏空間。小屋裏からギャラリーを見ると、三角形の大空間の中に白い箱をそっと置いたような不思議なつくりです。100年以上の時を超えて、当時の人と馬との暮らしの息づかいが聞こえてくるような独特な静謐さが窓越しに伝わってきます。

※今回は撮影のために特別にギャラリーの外へ出させていただきましたが、通常はギャラリーの外へ出ることはできません

「残せるものは、できる限り残して生かす」というコンセプトを実践するために、柱や梁などの構造材の一部には、強度を保ちながら古い材と新しい材をつなげる伝統的な大工技術である「継手」や「埋木」などの技法が用いられています。

金子さんは「長い年月で汚れ、傷んだ建物を、寒い中直していく作業で大工さんはとても大変だったと思います。そんな中でも工事に携わった宮大工の方が『昔の匠の試行錯誤の技術を見ることができて、毎日勉強になります』と楽しそうに話されていたのが印象的でした。昔の人たちの技術が継承されていく機会になれば、との思いもあります」と修繕時を振り返ります。

リノベーションでの大きなこだわりの一つが、隣接する馬房をお客さんから見えるようにし、馬の存在を通して、かつて日常だった人と馬との暮らしを感じてもらうことでした。そのため廊下の突き当たりに大きな窓を設け、今も牧場で飼っている馬やポニーたちの馬房が見える設計に。タイミングが合えば、馬場から馬房に戻ってくる馬たちの様子を間近に見ることができます。

訪れた人たちは皆、外観と屋内の見た目のギャップにとても驚くそう。「工事前の様子を知る近所の方々は、あのボロボロだった厩舎がこんなにきれいになるなんて!と喜んでくださって、私たちも嬉しいです。地元の方々には憩いの場として使っていただきたいですし、遠方からのお客様には、田舎の風景とのどかな雰囲気を楽しんでもらえればと思います」と、金子さんは目を細めます。

「曲屋KANEKO」はコロナ禍にひっそりとオープンしながらも、徐々に口コミで知られ始め、予約も増えつつあるといいます。リノベーションで新たな命を宿し、馬房としての役割も果たすこの南部曲屋が見据えるのは、100年先の未来。人と馬との暮らしの原風景を後世に伝える場所として、今日も来訪者を温かく迎えています。


Idea.1 古材を生かした内部空間

「小屋裏の梁組みや現しになったかやぶき屋根など、修復にあたってこれまで天井板で隠れていた美しい構造が見えるようになって、この建物が持つたくさんの魅力に気づかされた」と金子さん。木やかやぶき屋根に見える手仕事の痕跡、そして梁や柱に用いられた木の曲がりや組み方そのものが空間の造形となって、見る者の目を楽しませます。

Idea.2 歴史や地域性を表現したデザイン

土間に付けたポニーの蹄鉄跡をはじめ、建物内には町の歴史や地域性を表現したデザインが随所に散りばめられています。七戸町は、昔から絵馬でも有名。そこで各部屋の入り口に、絵馬をかたどった真鍮製の番号札を取り付けました。また大部屋の欄間には、絵画のように親しんでもらえるようにと今や貴重な「南部小絵馬」をはめ込んでいます。

Idea.3 古民家の魅力を引き立てる建具や家具

時代を感じさせる重厚な古民家の空間を引き立てるのが、建具や家具です。大部屋を仕切る引き違い戸は、馬房の柵に見立ててデザイン。エントランスの格子壁には、青森南部地域に伝わる刺し子の技法「ひし刺し」で仕上げた装飾パネルがあしらわれています。アンティーク調のテーブルセット、カーテンやじゅうたんを含めたディテールへのこだわりが、この空間の魅力につながっています。

 

曲屋KANEKO

所在地:青森県上北郡七戸町立野頭69
営業時間:完全予約制(ご利用の5日前までにご予約ください)
定休日:不定休
URL:https://www.kaneko-farm.jp/locations/kaneko