長い歴史の中でつくり伝えられてきた、日本の住文化のシンボルとも言える「民家」。その伝統的木造建築の素晴らしさを受け継ぎ、現代建築の中に民家が内包する豊かさを再生するため、武部建設は長年、民家再生に取り組んできました。その範囲は住宅にとどまらず、ワイナリー、公共施設などの非住宅分野にも及びます。

はるか遠い縄文の時代より、本州から渡ってきた人々の北の玄関口、交易の舞台として栄えた胆振管内厚真町。町内には、明治期以降の開拓の歴史を今に語る貴重な古民家が点在。武部建設はこれまでに培ってきた経験と技術を生かし、2012年度から街づくりの一環として町内に残る古民家の再生を行ってきました。

明治36年に建てられた当時の姿をよみがえらせた玄関。主の幅田家は富山県から入植し、故郷の大工に依頼してこの家を建てたという

2021年からは、3棟目の事業として旧幅田邸の移築再生に取り組んできました。再生した古民家は、次世代まで持続可能な活用を目指して、町が民間に貸し出すことを想定。伝統的な造りを残しながら、より快適で使い勝手が良い建物にするため、町は設計、建設、維持管理・運営を一括で民間業者に委託するデザイン・ビルド・オペレート(DBO)方式の、公募型プロポーザルによる事業を実施しました。

玄関から続く広間には、大黒柱とウシバリと呼ばれる太い梁を木組みで仕上げる「枠の内」という富山の伝統工法が用いられている。天井に設えた間接照明が、その木組みの美しさを引き立てる

そして、設計は武部建設と札幌市のアトリエアク、施工は武部建設、維持管理・運営は大阪府大阪市に本社を置きながら、町内で福祉事業などを手がけていたクーバルの3社が武部建設を代表者として共同事業体を組み、基本設計を開始。2022年度末の竣工を目指し、ダイニングを併設したホテルに再生するプロジェクトに取り組みました。

広間は隣接するダイニングとつながっている。漆仕上げの大きな引き戸も既存のもの。古民家ならではの趣を大切に、クーラーや暖房施設などは、できる限り目立たないよう設えた
離れの客室へつながる縁側。断熱性に優れたサッシを採用し、開放感と省エネ性の両立を図った。縁側の丸太桁には、地域材であるカツラが使われている
天井高の変化で落ち着きと開放感を兼ね備えた客室。室内に入ると窓越しに望む山野草の庭が、目線を森へと誘導し、自然との一体感も得られる

2023年夏、町の環境保全林として残された広大な森に移築された旧幅田邸は、3つの客室とダイニングを持つ「森厚真HOTEL CHUPKI(ホテルチュプキ)」へと生まれ変わりました。120年前に平屋造りで新築された建物は、富山県砺波地方の伝統的な「枠の内」という木組みの力強く洗練された美しさを生かして再生。既存の木組みを現しにし、建具、欄間を可能な限り再利用した建物は、大工の手仕事がそこかしこに見えます。同時に、住宅づくりで培った国の省エネルギー基準をクリアする高い温熱性能も実現。100坪の建物は、厳冬期も快適な室内環境を保つことができます。

ヒロマに近接する客室。独特な形の曲がり梁は、既存の傷みを大工の技で補修した
離れの客室。建具や欄間は既存のものを生かし、和の雰囲気を大切に仕上げた
ダイニングとして利用している二間続きの和室。光の移ろいが美しい書院の建具は、往時の主の暮らしぶりを物語る

また、武部建設がこれまでレストランやワイナリーなどを、建築家とともに手がけてきた経験も施設づくりに生かされました。施設の運営を担うクーバルから寄せられた、飲食・宿泊施設に必要な法的な処置や設備、機能性に関する数々の要望もプランづくりに反映。さらに、和風建築特有の音の問題は、壁や床下に吸音材や断熱材を使って最大限の解消に努めています。

離れの和室は、往時の床の間や書院を忠実に再生。繊細な書院の建具も、伝統的な美しさで蘇った
浴室には、運営者の要望で現代風にアレンジした陶器の五右衛門風呂を設置
 
 
部屋ごとに異なる雰囲気のバスルーム。窓越しに森を望みながら、バスタイムが楽しめる

ミズナラの森に抱かれた閑静な古民家ホテルには、武部建設の古民家再生への想いが宿っています。高い技術力でよみがえった古民家は、これからも厚真町の歴史を訪れる人々に語り続けることでしょう。

ミズナラを主体とする自然林に移築された旧幅田邸。100坪の平屋造りの建物は、120年前の創建時の姿を基本として再生された

まちの宝を次の世代に
引き継ぐために私たちができること。

厚真町理事(地方創生復興担当)
大坪 秀幸

厚真町内には、開拓農家が残した古民家が多く点在しています。まちの歴史の語り部ともいえる古民家を再生し、未来へ引き継ぐことは私たちの大切な役目と考え、2011年に古民家の所有者と専門家、道やまちの職員で構成される「古民家再生推進協議会」を立ち上げました。そして、100年以上使われ続けてきた歴史的な財産である古民家を、維持費をかけて保存するだけでなく、民間に貸し出して使ってもらい、建物自らが維持費を生み出すという、持続可能な保存法を見出しました。

2014年、その第1号となる旧畑島邸の再生にあたっては、従来どおり、町が設計し、入札を行い、古民家再生に実績のあった武部建設が施工を行いました。さらに、2022年の第2号となる旧山口邸の再生にあたっては、より施工が潤滑に、無駄なく進むデザインビルド方式を採用し、武部建設が設計から施工までを手がけました。しかし、借り手が希望していた飲食施設としての活用には使い勝手のよくないところもあり、改めて活用法や利用者の使い勝手も考えなくては、当初の狙いどおりの再生には至らないことに気づかされました。

そこで、3棟目となる旧幅田邸の再生にあたっては、デザイン・ビルド・オペレートという手法を採用。設計から運営まで共同体を組んで旧幅田邸の再生にあたり、完成後に町が買い取り、運営者に貸し出すという、行政の事業としては珍しい手法を採用しました。これによって、それぞれの立場からの意見を再生プランに反映させることができたうえ、経費や工事費を圧縮しながら高効率的に再生事業を完了することができました。ホテルに食事スペースを併設した建物は、有形登録文化財の基準を満たし、今後登録も可能です。伝統的な手仕事と持続可能な保存によって、50年、100年の歳月を経た後、これらの古民家は再び次の世代のために再生することもできます。

5000年以上前につくられた土器が出土し、豊かなアイヌ文化が育まれ、北陸からの入植者が開拓の証としてたくさんの古民家を残しましたが、2018年には、残念なことに北海道胆振東部地震によってその多くが失われてしまいました。古民家再生事業に対して「税金を使って再生した建物を民間が使うのはいかがなものか」そうした声も厚真町役場に届いたことも事実です。しかし、町の人たちに100年以上の長い年月を耐え、奇跡的に災害にも耐え残った古民家に触れ、親しんでもらうことで、歴史文化を誇りに思う気持ちと郷土愛が育まれると、私たちは信じています。