人を呼んでまちを元気に。ー 国見エコタウン「森のスミカapartment.」
各地域で魅力的な「まち」を目指す取り組みを紹介。まちの魅力向上をエリアの価値向上につなげるヒントをひも解きます。
目次
「過疎地域」を、若い世代にとって暮らしやすい場所に―。そんな想いのもと、だだっ広い駐車場だった駅前に、エコタウンを形成するプロジェクトが進められています。この春には高性能エコアパート「森のスミカapartment.」も完成。若い世代に選ばれる地域への転換を目指す福島県内のある町を訪ねました。
過疎化が進む町で新たな挑戦をスタート
福島市から車で北上すること30分ほど。宮城県との県境にほど近いこの町では、福島盆地の肥沃な土地を生かして、米づくりや、モモ・リンゴ・サクランボなどの果樹栽培が盛んに行われています。しかし近年は、高齢化と人口流出により過疎化が深刻化。町の中心部にほど近いJR東北本線藤田駅前の月極駐車場は、利用率が20~30%にまで落ち込んでいました。
そんな駐車場を含む駅前一帯の地主から相談を受けたのが、同町内の建設会社、(株)渡辺建設で代表取締役を務める上神田健太さんです。
上神田さんは、岩手県普代村という人口2,000人ほどの過疎村の出身。若いころから地域づくりや過疎化対策に関心を抱き、建築や都市計画を学びたいと東京都庁に入職した経歴の持ち主です。
奥さんの実家である渡辺建設を継ぐため、国見町にJターンした上神田さんは、建設業に携わりながら民間主導で町を盛り上げようと、2018年に(株)家守舎桃ノ音(やもりしゃもものね)というまちづくり会社を設立しました。

家守舎桃ノ音の最初のプロジェクトとなったのが、藤田駅のそばにあった元縫製工場の建物のリノベーションでした。「築50年ほどになるその建物を町から借り受けてリノベーションし、2019年10月に複合施設『Co-Learning Spaceアカリ』をオープンさせました」と上神田さん。
民間事業として運営する同施設には、誰でも自由に利用できるラウンジやデスク、個人事業主や企業のシェアオフィス、スタジオのほか、シチリア料理店、漢方の無人販売のお店も入っており、地域に暮らす人たち同士が交わりながら、学び、楽しみ、成長していける場所となっています。
コンセプトは「森の暮らしを駅前に。」
続いて着手したのが、国見エコタウン「森のスミカ」の開発です。もとは月極駐車場だった土地を家守舎桃ノ音が敷地活用のプランを考え、建物を(株)渡辺建設が施工。“森の暮らしを駅前に。”をコンセプトに、環境に配慮した高性能でエネルギーロスの少ない住宅が立ち並ぶまちづくりをスタートさせました。

2022年には一角に「CAFE&HOTEL カジツ」を建設。「1階は国見産の季節の果物を使ったデザートなどを提供するカフェで、2階は1フロア貸切の無人受付型ホテルです。帰省の家族連れなどに気軽にお泊まりいただけます」。白とナチュラルな木調を基調とした建物は、断熱・気密性能が高く、エアコン1台で快適に過ごすことが可能だといいます。

若い世代に選ばれる高性能エコアパート
「森のスミカapartment.」
そんな国見エコタウンに2025年6月、家守舎桃ノ音が企画した賃貸集合住宅「森のスミカapartment.」が誕生しました。これは「森のスミカ」のコンセプトに合わせた高性能エコアパートで、設計を仙台の一級建築士事務所、株式会社亀岡建築アトリエの亀岡真彦さん、施工を渡辺建設が手がけました。

木造2階建ての建物は、UA値0.21 W/㎡・K、C値0.2㎠/㎡の性能を有し、断熱等級は7を確保。太陽光発電システムも搭載し、自然エネルギーを効率よく利用して、少ない電気代で快適な暮らしを営むことができます。試算によると、光熱費は平均月額8,507円、年額102,074円ほどで済むというから驚きです。

各住戸は、比較的若い世帯が住むことを想定。大きな開口部を設けやすい2階を暮らしの中心の場としてデザインした、「2LDK+ロフト」という間取りのメゾネット型としました。南側の広場に対して、全住戸が同じような関係性をつくれることも意識されています。
「板張りの外壁を用いるなどの変化を加えながらも、すでに建設されている『CAFE&HOTEL カジツ』などとの調和を図り、シンプルに仕上げました」と、設計を担当した亀岡さんが語るように、白とグレー、木の3つを基調としたすっきりとした見た目が印象的です。




こうした集合住宅を計画した理由について上神田さんは、「まちづくりには若い人たちの力が必要。でも、若い人たちにとっていきなり新築戸建てはハードルが高い。だったらまずは手の届く賃貸で高性能の住まいの心地よさ、ランニングコストが少なくて済む暮らしのメリットを体感してもらい、ゆくゆくは戸建てに目を向けてもらえればと考えました」と語ります。
その狙い通り、完成から約3ヵ月ですでに全4戸室の入居が決まり、しかも全世帯が30代。駅が目の前で、福島までは20分弱、仙台までも在来線で約1時間という立地の良さに加え、高い住宅性能とデザイン性という3拍子そろった住環境が、若い世代にダイレクトに響いたようです。



地域資源を生かし、「高性能」をキーワードにまちづくりを
プロジェクトがスタートして6年。その間、国見エコタウンの近隣には、20~30代の居住者、またはワーカーが30人ほど増えたそうです。また、シェアオフィスやスタジオなどの利用者数、「Co-Learning Spaceアカリ」の1階に入っている人気のシチリア料理店やカフェの来店者数、駅前で開催したイベントの来場者数などを換算すると、年間1万5,000人ほどの集客に貢献できており、「一定の成果が出せていると思います」と上神田さんは胸を張ります。

今後は残りの分譲地のセールスに力を入れるとともに、この国見エコタウンをロールモデルに、他の地域でのまちおこし事業推進も視野に入れているそう。
「建築単体というよりは、まち全体を考え、その地域の資源を生かしながらまちづくりを行っていきたい。その際、やはり高性能、エネルギーロス削減というキーワードは大きな柱になっていくと思います」。

外から「住みたい」と思われる地域になることで、エリアの価値が上がり、人が集まります。それがひいては、まちの活性化や豊かさにつながるでしょう。地域の工務店や設計事務所が「建物」だけでなく「まちづくり」に主体的に取り組むことは、地方をもっと豊かにできる可能性を秘めています。
ハード面では地域に根ざした高性能でエコな長寿命の建物を自社で建築・管理し、ソフト面ではイベントや人気店の誘致などで認知度を高めて人を呼ぶことに注力している「国見エコタウン」の一連の取り組みは、これからのヒントになりうる一つの好例といえそうです。
