「逆算」と「かけ算」が生む、心地よい暮らしの空間|インテリア/マーケティングコンサルタント・名取大輔さん
住まいを彩る家具・インテリアとその暮らし
目次
すごく強いインパクトがあるというわけではないけれど、何か気持ちよくて、時間が経つほどに空間が身体になじんで離れがたくなる。そんな不思議な魅力に包まれたビンテージマンションのリノベーションには、インテリアのプロならではの空間設計のアプローチとインテリア哲学が宿っていました。
文・Replan編集部
家具から間取りを決める。「逆算」の家づくり
窓から近くの山々を望むことができる、札幌市内の恵まれたロケーションにあるビンテージマンションの一室。この部屋の住まい手は、インテリア/マーケティングコンサルタントの名取大輔さんです。デンマークを代表する家具ブランド「フリッツ・ハンセン」でアジア地区のマーケティングマネージャーを務めた経歴を持つ名取さんは、東京から地元である札幌に移住し、購入したこのマンションを今から2年ほど前にリノベーションしました。




家づくりのプランニングでは多くの場合、広さや配置といった間取りの枠組みから考え始めます。しかし、名取さんは「家具」から間取りの検討を始めました。
「僕はまず最初に、3Dモデル上に新居で使いたい家具を置いていきました。この椅子を置くなら壁はどこまで出せるか、テレビとソファの関係性をどうするかといった感じで、配置したい家具を起点に空間の外枠を決めていったんです。これは、これまでのキャリアでさまざまな空間づくりに携わった経験と、フリッツ・ハンセンの仕事でお世話になった家具研究家・織田憲嗣先生のお話やご自邸から受けた影響によるものが大きいです」。
「自分たちがどんな家具を使い、どう過ごしたいか」を最初にできるだけはっきりと思い描き、そこから逆算して間取りや照明の位置を決めることで、「サイズが合わなかった」「通路が狭かった」という後悔がなく、日々の暮らしに驚くほどフィットする心地よい空間をつくり出すことができると名取さんは話します。

リビングの中心には、フリッツ・ハンセンの「アルファベットソファ」を、空間を緩やかにゾーニングする「ソフトディバイダー」として配置。「これはLDKのプランニングで一番最初に配置を検討しました」と名取さん。背もたれ側にも座れる構造を生かし、キッチンやダイニングなど、各エリアとの自由なコミュニケーションを促す場として機能させています。


ちなみに、後から動かせないダイニングのペンダントランプの位置なども、家具との調和や、リビングのドア越しに切り取られる景色のバランスを考慮して、設計段階からミリ単位で調整。また、名取さんご自身の仕事部屋の造作棚も上下の棚のアール形状を呼応させるなど、細部まで見た目のストレスやノイズのないインテリア空間にこだわっています。



「フリッツ・ハンセン」のこと
名取さん宅のインテリアは、「フリッツ・ハンセン」なしには語れません。1872年に創業したデンマークを代表する家具ブランド「フリッツ・ハンセン」は、単なるデザインの美しさだけでなく、強靭な「ものづくり」の精神を持つ会社として世界中で信頼を集めています。

最大の特徴は、常に工業的な最先端を走る「素材使いの先進性」だと名取さんは話します。「フリッツ・ハンセンは、ブランドとして家具の材料を「無垢材」から「成型合板」へと舵を切る大きな決断を下した歴史があります。世界初の一体成型合板を用いた3次元曲線を持つ椅子の製造や、スチール、発泡ウレタンの一早い採用など、革新的な素材選びと技術力が、アルネ・ヤコブセンらの名作を生み出す基盤となりました」。
また、「建築との深い融合」から数々の名作家具が生まれているのも特徴です。名取さんは「アルネ・ヤコブセンに代表されるような、空間のすべてをデザインする建築家とのコラボレーションの歴史から、フリッツ・ハンセンの家具の中には、デンマーク国立銀行や大学など、特定の名建築のために設えられたプロダクトが多く存在します。空間と強く紐づいたストーリーが、一つひとつのアイテムに奥行きを与えているのです」と、その魅力を語ります。

ワンブランドで統一することで生まれる
「かけ算」のインテリア哲学
フリッツ・ハンセンの哲学を深く理解している名取さんは、家に置く家具や照明のほとんどを同ブランドで統一しています。名取さんはその理由を「日本では、一つのブランドで統一すると、空間が単調になって面白みがないと感じる人が多いように思いますが、同じブランドの製品は、1つのDNAでつくられています。だからこそ、一緒に置いたときにその魅力がかけ算になって増して、より良い空間になると僕は考えています」と、説明します。

家の中を見渡すと、ソファや照明はもちろん、ダイニングチェアからラウンジチェア、仕事用のデスクとチェアに至るまで、見事にフリッツ・ハンセンのアイテムで統一されています。家具の素材やデザイン、内装の色の選び方のバランスで、空間の印象が単調にならないよう工夫されているのも、インテリアのプロならではです。



室内を見渡しながら「自分が本当に共感できるストーリーや哲学を持つブランドを深く知ることが、いつまでも心地よい空間づくりの秘訣だと思います」と話す名取さん。ブランドの根底にある哲学を理解し、素材感で自分らしさを表現することが、住まいとしての温かみと洗練された美しさが同居する空間を形づくっていました。
owner’s select items
item①
人気の高いモジュール式ソファ
ピエロ・リッソーニ「アルファベットソファ」

LDKの中心で存在感を放っているのが、ピエロ・リッソーニがデザインした「アルファベットソファ」。サイズは大きめでかなりのボリューム感ながら、背もたれが低いことで視線が抜け、意外と圧迫感は感じられません。「ソファを背もたれにして床に座る、日本のライフスタイルにもなじみます」と名取さんは、その魅力を語ります。

張り地には「ラフ・シモンズ」がデザインした、デンマークを代表するクヴァドラ社の上質なテキスタイルを採用。日本でも人気だという黒や白の糸が織りなす個性的な模様が、空間に遊び心と奥行きを持たせています。空間全体をつなぎ、自由で開放的な過ごし方を叶えてくれる名作ソファです。
item②
バウハウスの精神が宿る逸品
クリスチャン・デル「カイザー・イデル 6631-P」


ドイツのデザイナー、クリスチャン・デルによって1936年にデザインされた、モダニズムと職人技が融合した名作で、バウハウスの象徴とも呼べるペンダントライトです。インダストリアルなデザインながら、真鍮パーツが使われているなど繊細。丸みを帯びたやわらかなフォルムと、シックなマットブラックの素材感のバランスが、この空間によくなじんでいます。
item③
「用の美」を体現する
アルネ・ヤコブセン「FH3605」「セブンチェア(アーム・キャスター付き)」

名取さんがワークスペースで使っているのは、1955年にアルネ・ヤコブセンがデザインし、フリッツ・ハンセンが発売したデスク「FH3605」。天板はゆとりのあるサイズで、文具類を収納できる引き出し(オプション)も付いています。


デスクに合わせたのは、フリッツ・ハンセンを代表する「セブンチェア」。アームとキャスターを備え、最高級のヌメ革をまとった仕様は、いわばシリーズの最高峰です。特筆すべきは、デスクチェアとしての圧倒的な機能性。「体を的確に支えるよう設計されていて、長時間の作業にも最適」と、名取さんは実感を持って話します。
いくつもの椅子を使ってきたプロが「結局はこれ」とたどり着いた、普遍的な美しさと実用性を兼ね備えた一脚と長く愛されてきたデザインのデスクが、ワークスペースの質を劇的に高めています。
item④
最高傑作と称される名作チェア
ポール・ケアホルム「PK22」

ポール・ケアホルムの最高傑作と称される「PK22」。研ぎ澄まされたスチールの美しさが際立ちますが、名取さんによると「見た目と座り心地のギャップがめちゃくちゃある」のだそう。大きな特徴は、体に触れる部分に金属が一切使われていないこと。首、腰、膝裏の3点がやわらかい素材で支えられることで、独特の浮遊感が得られます。

名取さんはワークスペースのセブンチェアも、このPK22も「自分の人生が刻まれていく様子を見たい」と、あえて無染色のナチュラルレザーを選択。使い込むほどに深まる革の風合いに、自身の歩みを重ね合わせる――。それは、一生をともにする名作家具ならではの贅沢な楽しみ方です。
item⑤
成型合板の椅子の究極形
アルネ・ヤコブセン「リリー」

名取さんが「成型合板の椅子の究極形」と評するのが、このアームチェアです。成型合板を用いた複雑で美しいカーブが最大の特徴ですが、その造形の難しさゆえに当時は「製造に手間がかかりすぎて、非常に短期間で廃番になった」という伝説的なエピソードがあるそうです。

名取さんが所有するのは50周年を記念して発売された復刻版ですが、「日本ではなかなか見かけない」という希少な一脚。フリッツ・ハンセンの技術とアルネ・ヤコブセンの美学が限界で結実した、同ブランドの妥協なきものづくりを象徴する椅子といえるでしょう。
取材協力/Graphite

最終日滑り込み。「宇宙兄弟展」へ行ってきました!












