仙台市青葉区宮町。国指定重要文化財でもある古社、仙台東照宮のお膝元で400年続く宮町商店街に、街づくりの新たな活動が芽吹こうとしています。街の人たちと地元企業がともにデザインしようとしている、これからの街の姿とは


「保育園」からはじめる、街づくり

街づくりには、その規模や住民の意識、歴史や文化的な背景、主体がどんな組織・団体かなど、いくつもの要素や条件が絡み合う難しさがあります。その難しさをクリアしながら「保育園」を糸口に街をデザインしようという試みが、仙台で始まろうとしています。

不動産およびリノベーション事業を手がける株式会社N’s Create.(宮城県仙台市)が、宮町商店街の一角に広さ約300坪の土地を購入したのは、2018年のこと。仙台市の中心部にほど近く、住宅地が広がるこの街に必要とされるものが何なのか。検討を重ねた末に見出した答えが「地域に開かれ、安心して子どもを託せる保育園」でした。

(株)のいえが運営する「のいえ保育園」の完成想像図。クリニックや賃貸住宅も併設した複合施設を予定している
(株)のいえが運営する「のいえ保育園」の完成想像図。クリニックや賃貸住宅も併設した複合施設を予定している

ヒントになったのは、社内のヒアリングで出された「子育て中の女性が働きたくても、土日出勤がネックで就職できない」、「安心して子どもを預けられる場所があれば、職場復帰のハードルが下がる」というスタッフの声。「楽しく充実した『豊かな暮らし』は、どんな街に暮らすかに大きく左右されます。街が豊かなら、そこに住む自分たちの暮らしも豊かになる。女性が働きやすい住環境をつくることは、『豊かさを育む』という私たちの事業のテーマにもつながっています」と同社の代表取締役社長、丹野伸哉さんは話します。

子どもと大人がともに育つ。教育の場を、商店街に

保育園の建設・運営を見据え、リサーチを始めた丹野さんたちが出会ったのが「
レッジョ・エミリア教育」と、保育士起業家として保育現場でさまざまな活動に取り組んでいた石川聖さんでした。

子どもの持つ無限の可能性をのびのびと発揮できるプロジェクトや環境づくりで構成された、Googleなどの世界的大企業も注目の教育哲学

のいえ保育園準備室の石川聖さん(中央)とスタッフの皆さん。レッジョ・エミリア教育をはじめ、さまざまな保育や教育のアプローチを参考に、子どもと大人が育ち合う場の実現を目指している

核家族化が進み、地域との関係も薄くなりがちな現代。だからこそ、親などの限られた大人だけでなく、さまざまな世代・職業の大人と子どもたちが触れ合う環境が必要だと石川さんは考えていました。「乳幼児期の子どもたちの豊かな感性を育むためには、彼らの興味や感動を尊重する多様な大人の存在が必要です。大人もまた、子どもたちとの交流から学びを得ます。地域の大人たちと共有した楽しい時間は、子どもたちにとっては宝物になるはず。その意味で、商店街のなかに保育園があるのはとても良い環境だと思いました」。

幼い頃の楽しかった思い出は、大人になっても覚えているもの。楽しい思い出がある街には愛着が生まれ、帰ってきたい場所になる。「子どもの教育から、街づくりをする」という思考に感銘を受けた丹野さんと、思い描く保育の実践の場を探していた石川さんの出会いによって「子どもと大人が学び合い、育ち合う場を創る」というプロジェクトの方向性が定まり、現在開園の準備が進んでいます。

外からの視点やアイデアが、商店街を活性化

息の長い街づくりのため、丹野さんたちは宮町商店街振興組合に加盟し地域の催しにも積極的に参加しています。保育園の建設にあたっても、計画段階から商店街の人たちと意見交換をして、街が何を必要としているのかを話し合ってきたといいます。

東照宮の参道からまっすぐに続く宮町商店街。仙台駅から徒歩10分ほどのところに位置し、周囲には住宅地が広がる

宮町商店街振興組合理事長の佐藤広行さんは「普通は計画段階で住民が概要を知ることはありません。なので今の街にふさわしいものを提案して、つくってくれるのがありがたいですね。私たちにはない発想やアイデアも出てきますし。街づくりはいろんな人が頭をつき合わせるのが大事だとつくづく感じます」と新しい風に期待を寄せます。

宮町商店街振興組合理事長の佐藤広行さん。商店街では、ペットのホテル兼愛犬の美容室を経営している

子どもから大人まで、幅広い年代が街づくりに関わる土台ができつつある宮町商店街。「街は暮らす人が入れ替わるものだから、それに合わせて商店街も変わっていかなきゃならない。いいものを残しつつ、今暮らす人たちのニーズをどう捉えて街に反映させていくか。それが大事だと思います」。佐藤さんをはじめ商店街の皆さんは、街が元気であり続けるための変化を積極的に受け入れることで、歴史あるこの街を更に活性化させていこうとしています。

リノベ用中古住宅で、街に新たな住人を

保育園建設をきっかけに宮町商店街と縁ができた丹野さんたちは、商店街とN’s Create.のそれぞれが抱える課題に取り組むためのプロジェクトを企画します。それは、商店街で空き家になった店舗併用住宅を中古リノベーション用物件として販売するというもの。商店街にとっては空き店舗が減って住人が増える、丹野さんたちにとってはリノベ向き中古住宅の普及につながる、と双方にメリットがあります。

今回第1弾として販売したのは、もともと1階が美容院だった築43年の鉄筋コンクリート造3階建ての建物。「店舗併用住宅として使う」、「1階のみをテナント貸しして家賃収入を得る」など、ユーザーが自分たちのライフスタイルに合った選択がしやすい提案を打ち出しました。

N’s Create.がリノベ向き中古物件の販売プロジェクト第1弾として売り出した、築43年の鉄筋コンクリート造3階建て。1階にはかつて美容室があった

2019年1月に販売を開始したこの物件。購入を決めたのは、仙台市に暮らすKさんご夫妻です。新居の購入を考えて市内の新築マンションをいくつか見学するも、なかなかピンと来ない。そんなときに出会ったのが、この物件でした。職場が近いのもさることながら「他にあまり見ないタイプの建物で、自分たち好みにデザインにできるのがいい。1階をテナントで貸せるというアイデアにも魅力を感じました」とKさんは話します。ご夫妻の話を聞きながら佐藤さんは「街に住人が増えるのは嬉しいし、子どもが生まれれば商店街も賑やかになっていい」と目を細めます。

この物件を購入予定のKさんご夫妻。スケルトンでインスペクション済みという安心感に加え、内装が白くて自分たちの暮らしをイメージしやすかったことも、背中を押したという

長い目で見て人を育て、街を育てる

のびのびとした環境でさまざまな年代・職種の大人と関わりながら、感性豊かに育った子どもたちが、やがて地域の中心となって街を支え、育む。街づくりは、家づくりに使う木を何十年もかけて育てるように、街の姿かたちを長い時間軸で見通す力が必要とされます。「今回は保育園という一つの場から街づくりという全体像を考えましたが、次の段階へ進む前に一旦、みんなで目指す街の全体像を絵として描き、その絵に必要なものやふさわしい場所を検討していきたい」と丹野さんは今後の展望を話します。

(株)N’s Create.代表取締役社長の丹野伸哉さん。街づくりという長い先を見据えた取り組みも「楽しそうだなというポイントを持って持続していきたい」

宮町全体をじっくりと長い目で見て、より活性化させていこうと考える商店街とN’s Create.の両者が、今後の取り組みとしてともに重要視しているのは、街の外からの人を呼び込むこと。ゆくゆくはインバウンドを誘致できるよう空き家を利用したホテルをつくったり、商店街のお店を使った旅行者向けの体験型コンテンツを企画したりなど、街を元気にするためのアイデアを膨らませています。

心豊かな暮らしのために「つくりたい未来」をつくっていく。商店街と地元企業が手を携えて自分たちらしい街をデザインする試みは、これからも将来を見据えて一歩一歩進んでいきます。

(文/Replan編集部)

取材協力:N’s Create. 宮町商店街振興組合