北海道三笠市。道道116号から市道へ入って家がまばらに立ち並ぶ住宅街を抜け、緑のトンネルをしばらく進むと、黒い外壁が静かに存在感を放つ大きな平屋が左手に現れます。

ここは、木工作家の内田 悠さんが営むギャラリー併設のカフェ「緑月(みつき)」。自然豊かなロケーションにおいしい喫茶メニュー、そして内田さんの木工作品を見たり触ったりしながらくつろげる空間の居心地の良さがお客さんの心を掴んでいます。

三笠市で生まれ育った内田さんは、高校卒業後に岩見沢市役所に就職。やがて、市役所で仕事をする中で、家具づくりへの想いが芽生え、膨らんでいったといいます。「研修の一環としてゴミ処理場の清掃活動があったのですが、家具がどんどんと捨てられるのを目の当たりにして、長く大切に使えるものがいいよなあという気持ちが強まりました」。

もともとDIYが好きだった内田さんは、とあるテレビ番組で紹介されていた大阪のTRUCK FURNITUREの物語に「こんな最高な夫婦がいるんだ、楽しそう!」と触発され、さらには読書を通して、日本の森林資源が国内で十分に活用されていないことも知ります。

「良い家具をつくる人たちは日本にたくさんいるので、自分じゃなくても…と思っていました。でも地元の林業と長く使える家具をうまく結び付けられるなら、自分がその世界に入る価値があるかなと思えて、心が決まったらすっぱりと市役所勤めを辞めました」。

当時から内田さんが思い描いていたのは、自作の家具や木工作品をゆっくりと見てもらえる「ギャラリーを併設したカフェのある家具屋」を営むことでした。

そのためにまずは北海道を出て、東京のカフェで働きながら飲食店の経営について学び、休日にはインテリアショップやカフェ巡りで情報収集。お金を貯めて岐阜県高山市へ赴き、「森林たくみ塾」で約2年間にわたって木工や家具製作の技術を習得した後、2017年に北海道へ戻って札幌で注文住宅のオーダーキッチンを主に手がける家具製作会社に就職しました。

「独立はまだしばらく先」と考えていた内田さんでしたが、きっかけは思いのほか早くやってきました。知人に紹介されたこの土地がとても気に入り、工房やお店の建築を現実的に考え始めます。

とはいえ資金の兼ね合いもあり、建築会社に依頼したのは、基礎、屋根、構造、窓、ざっくりとした給排水設備の配管など最低限の工事のみ。内装仕上げや建具工事、内外装材の塗装などは、可能な限り内田さんご夫妻自らの手で行ったといいます。

外も内も、隅々まで美しい手仕事が生きる自宅・カフェギャラリー・工房を併設した建物が完成したのは、2022年のこと。この土地に調和する落ち着いた黒色の外壁材はカナダ産のダグラスファーで、施工前に塗料を2度塗りして仕上げました。

家具製作時の大きな音に配慮して設けたカフェ棟と工房棟の間の半外空間は、お客さんがお茶をしたり、内田さん一家が食事を楽しんだりできる憩いの場。四角い開口が移ろう季節を切り取って見せます。

敷石は、車を止めても割れないようにとかなりの厚みがある平石を選択。不規則で有機的なラインは石屋さんがその場でカットしたもので、熟練の職人がなせる技です。

カフェ棟の入り口に足を踏み入れると真っ先に目に飛び込んでくるのは、連窓の向こうに広がる北海道らしい自然の風景です。内田さんは「この景色をお客さんに見せたくて、この位置にカフェスペースをレイアウトしました」と話します。実際に「窓が大きくて、風景の抜けが気持ちいい」という声は多く、緑月の大きな魅力になっています。

内田さんは、家具や木工作品のショールーム機能を兼ねたカフェの空間づくりについて「家具や器は日常の暮らしの中で使っていただくものだから、非日常感よりは『日常的な居心地の良さ』を大切にしました」とその想いを口にします。

心がほっとするような空間にするため、壁はナラ材の家具との色の映りを考慮して、自身で調色した珪藻土の塗り壁仕上げに。カナダ産ダグラスファーの床材は、この木特有の赤みの強さを和らげるためにあえて少し白っぽく塗装しています。

内田さんが家具づくりで意識的に用いている素材が、ナラ材と色や風合いの相性が良い「籐(とう)」です。

「例えば、キッチンカウンターのダイニング側の扉がすべて木だと空間として少し重いですが、籐にすると軽やかさが出ます。編み方が違うと印象もだいぶ変わりますし。収納の中は空気がこもりやすいですが、籐編みだと通気性が良く、機能と意匠の両面で優秀な素材。ナラ材の家具とともに飴色に経年変化する楽しみも味わえます」と、その魅力を語ります。

工房の存在を知らず、カフェを目的に来店するお客さんが多い同店ですが、ギャラリーを兼ねていることで、スイーツや飲み物が出てくるまでの待ち時間を、展示している木の器や家具などを眺めながらゆったりと過ごしてもらえているそう。

なかには、お店で提供しているスイーツを見て「自宅での木の器の使い方がイメージできた」と、その場で作品を購入して帰るお客さんもいて、それはまさに内田さんが理想としていたお店の姿そのもの。

自作の木の器や家具を、見て、触れて、使ってもらって。10年以上をかけてかたちにした自然と手仕事が息づくカフェが、今日も北海道の木と人を繋いでいます。


Idea.1 丁寧につくられた道産ナラ材の家具

店内に置かれている家具はすべて、内田さんが隣接する工房で製作した品々。当初の志のとおり、ほとんどが北海道産のナラ材でつくられています。内田さん自身がデザインし、同じ樹種を用いて丁寧につくられた上質感のある家具の存在が、カフェ空間全体の居心地の良さの源になっていることが実感できます。「木の塗装は、オイル仕上げにするとインテリアとして素敵な雰囲気が出しやすいです」と内田さん。

Idea.2 吟味された壁の色

屋内の壁は、珪藻土に砂が混ぜられた塗り壁材を用いて、内田さん自らの手で仕上げました。壁は内装に占める面積が広く、色や質感で空間の印象は大きく変わるため、居心地の良い空間づくりのキーポイントになります。緑月では、ナラ材の色と映りがいい深みのある色を模索し、塗り壁材を何色か取り寄せて土っぽいやわらかさが出るよう調色して使いました。

Idea.3 異素材をアクセントに

「木」がメインの空間を洗練されたデザインに昇華させるためには、「異素材の取り入れ方」が重要。扉の取っ手に真鍮金具を組み合わせ、扉の面材やチェアの背もたれに籐、照明にガラスのシェードを用いるなど、要所要所にナラ材と相性の良い異素材をバランス良く散りばめることで、木の素材感を引き立たせ、空間としての魅力を増しています。

 おすすめMENU 

緑月オリジナルブレンドコーヒー

札幌市の石田珈琲店に「緑月らしさを表現した味わいにしてほしい」と依頼してつくってもらったという特別な中煎りのコーヒー。店頭では豆も販売しています。

 

緑月 Mitsuki

所在地:北海道三笠市川内839
営業時間:11:00〜17:00(冬季は16:00まで)
定休日:日・月・火
※冬季(12月〜3月)は、金・土の2日間のみの営業となります
Instagram:https://www.instagram.com/gallery_mitsuki/