熱・気流・光を住宅に取り込むパッシブデザインの要「日向土間」
自然エネルギーを最大限に活用して、気持ちいい空間をつくりたい。季節や時間によって変化する熱・気流・光を可視化するシミュレーションの技術を用いて、理想を実現する「長内建築研究所株式会社」の家づくりを紹介します。
晴れた日はお陽様の温もりが気持ちいい。
家を通り抜ける風の爽やかさが気持ちいい。
「陽射しや風を引き込んで、自然の力を活用することは、空間の気持ちよさにつながります」と、長内建築研究所の代表取締役・長内勇樹さんは話します。テクノロジーに頼り過ぎず、設計の力で自然エネルギーを上手に利用して気持ちいい空間・環境を長い期間楽しむ。そんな住宅を理想とする長内さんにとって「環境シミュレーション」はなくてはならない技術です。
長内さんは、大学・大学院在学中に学内のプロジェクトに関わりながら、環境と意匠について学びました。そのころから建築物における熱・気流・光の季節や時間による変化をコンピュータ上で再現する環境シミュレーションに取り組んでいました。院生時代にはシミュレーション担当として参加した「かつしか風の子保育園」がキッズデザイン賞を受賞。光、影、風などを子どもの興味を引く形で建築に取り入れた点が高く評価されました。
2020年に帰郷し、父が代表を務める長内建築と協同し住宅づくりを開始。2024年に継承する形で法人化し、現在に至ります。最先端の技術だからこそ実現できる自然で気持ちいい空間は、長内建築研究所がつくる住宅の特徴です。





住宅の背骨となる
「日向土間」
自営業の親世帯と会社員の子世帯で生活スタイルが異なるため、玄関、浴室、キッチンは共用としつつ1階と2階にプライベートな空間を分けた2世帯住宅のM邸。共用部分の中でも吹き抜けの玄関ホール兼廊下を「住宅の背骨」と位置づけ「日向土間」と名付けて、特に丁寧に設計しています。
吹き抜けがほしい。けれど、LDKを吹き抜けにすると寒いのではないか。施主であるMさんの希望を叶え、不安を取り除くため設計した「日向土間」は、天井までの高さが約5.4m。廊下は南北に9mほどに伸びており、幅は1.8mと通常の廊下の2倍ほどあります。

名前のとおり、太陽の熱を土間床にたっぷり蓄熱して、心地よい暖かさが足元から感じられるように床全体を蓄熱体として設計しています。土間には木材よりも蓄熱性の高いコンクリートとモルタルを使用し、10㎜厚のタイルを張って仕上げました。
1階は南面に、2階は南面と東面に配した窓は、シミュレーションを用いて位置を決定。太陽の高度が低くなる冬季に土間の一番奥まで陽射しが当たるように設計しました。そのため、効率よく太陽の熱を蓄えるだけでなく、採光も確保されています。
室内の熱・気流・光の動きを解析
主な暖房は親世帯のLDKに設置した熱出力の高い薪ストーブ。開放的な間取りであれば住宅全体を暖められます。しかし、M邸は日向土間を中心に個室が並ぶ、個人のプライバシーを大切にした間取りになっているため、一番奥の部屋まで暖まるのかが専門家でない施主にとっては心配です。





プライバシーを守りながら、快適な空間を実現したいという要望を叶えるために長内さんがデザインしたのが、土間に向って設えた「小窓」。薪ストーブの熱が親世帯のLDKにある小窓を通って、土間全体に広がります。上昇した暖かい空気は、やはり小窓を通って子世帯のリビングや個室を暖めてくれる仕組み。また小窓は熱だけでなく陽射しや気流も通すため、採光や換気にも役立ちます。室内での熱・気流・光の動きもシミュレーションで解析しており、小窓が有効に働くことも確認済みだといいます。

また吹き抜けの天井付近にある高窓からの排熱やブラインドによる日射遮蔽、シーリングファンでの空気循環などもシミュレーション。冬季ばかりでなく、夏季に室内を快適に保つ工夫も万全です。
部屋をつなげ、人をつなげ、時間をつなげる
通路ともいえるスペースを、あえて広くし、明るく暖かい日向土間とした理由は2つあります。
1つは2世帯を結ぶコミュニケーションの場であり接点とするため。快適なところには無意識に人が集まります。また吹き抜けによって直接上下階の空間が結ばれていること、各個室に小窓があることで、少し身を乗り出すだけで、声をかけやすく、顔を見せやすいようになっています。

2つ目は、使用の目的が決まっていない「余白」をつくり、そこに住む人の生活を反映させて、住宅に独特の色や味わいを持たせるためです。薪を置いたり、陽だまりの中で団らんを楽しむためのソファを置いたり…。何を置くか、どう使うかを、気分やライフステージによって自由に決められる空間は、住宅に愛着をもたらします。
自然の力を活用した快適な空間で心地よい暮らし方を探す工夫が住宅の個性になり、次世代につながっていきます。自由に変容する空間を持つことが、長く愛着を持って住み継がれることにもつながるのではないでしょうか。
【お施主様より】
子世帯と同居するようになって10年ほど経ち、孫が大きくなったため新築しました。もともと先代に細かな修繕やリフォームなどを依頼していて、丁寧な仕事をしてくれることは分かっていたので、不安はありませんでした。
間取りについては「吹き抜け」と「親世帯と子世帯にそれぞれのリビング」を希望しました。1階と2階に世帯を分けて設計していただきましたが、吹き抜けのおかげで、どこにいても家族の気配が感じられます。親世帯としては階段を使わず、ワンフロアで生活が完結するところも気に入っています。
建て替えによって利便性が上がることは予想していましたが、室内の暖かさは予想以上でした。去年は10月から暖房を付けていましたが、建て替えた今年は11月になっても暖房を使っていません。それどころか天気のいい日には無暖房の部屋でも暑いと感じるほど。そういう日には窓を開けて室温を調整しています。(Mさん談)
撮影 早川記録/大場優也

