ハウジングフェアに見るフィンランドの住宅とまちづくり

公開日:2025.12.3 最終更新日時:2025.12.3

北海道と共通点の多い北欧の国フィンランド。現地滞在スタッフからの情報を交え、豊かなまちづくりのヒントを探ります。

ハウジングフェア(Assuntomessut)はフィンランド独自の「まちづくりイベント」。毎年1都市で開催され、20〜30棟の新築住宅が完成した状態で公開されます。運営本部・開催市町村・建設会社・土木会社・設計事務所・インテリアデザイナーなどのさまざまなプレイヤーが参画し、時間をかけ、単なる展示場ではなく「新たなまち」をつくり上げる企画として根付いています。

今回は、2025年に開催されたフィンランド北部の都市オウルでのハウジングフェアで見られた、その意義と可能性について届けします。

ハウジングフェアのアウトラインは以下記事からご確認ください。
▶︎フィンランドの家づくりの祭典ハウジングフェア

◾️オウルとハウジングフェア

オウルはフィンランド北部に位置する人口21万人を超える中核都市。首都ヘルシンキからは600km以上離れた場所にあります。そんなオウルの中心街から徒歩圏内かつ自転車レーンやバスまで整備されたエリアで、ハウジングフェアが開催されました。駅から歩いても15分〜20分程度のところに位置する、利便性の良い場所です。

現在のフィンランドは景気後退の影響が強く、住宅市場も決して活発とはいえない状況。そんな中で行われたハウジングフェアは、一ヶ月の会期で10万人の来場を見込んでいるとのこと。さらに展示されている住宅の多くにオーナーが既についており、会期終了後には住む準備を進めているとのことでした。

ハウジングフェアで建てられる住宅の価格帯は、550,000ユーロ〜750,000ユーロ。日本円にして約8,000万円〜1億円ほどの水準となります。フルオーダーの戸建てだけでなく、規格住宅でも7,000万円台に達しており、フィンランドの中でも明らかに高価格帯の物件といえます。

◾️ハイグレードな住宅と多様な人々への価値提供

この不況のなかで、これだけの高額物件になぜ住み手が集まるのか。理由はいくつか考えられます。海や川の自然環境に囲まれた新しい街区で暮らせること、オウル市街地へのアクセスが良好であること、今後オウル全体が文化・産業の両面で発展する可能性が高いこと。いずれを取っても「どんな家」というよりは「どんな場所・どんなまち」に重点が置かれおり、フィンランドの人々にとっての優先順位の付け方がうかがえます。

開催初期段階で確定している購入者の約半数がオウル市外からの移住者だということで、ハウジングフェアが都市の外から人を呼び込む力を持っていることも明らかです。

もちろん、これらの住宅を購入できるのはフィンランドでも限られた高所得層のみ。しかし、注目すべきは住宅を買えない人もまちづくりの恩恵を受けられるように、構造が意識されている点です。会場では戸建てだけでなく集合住宅も計画され、多様な所得層の居住を想定した計画が組まれています。

また、開催地では会場エリアを都市開発の一貫としてとらえ、まちづくりが行われています。過去の開催地では、フェアの後も人の流入が続き、近隣に商業施設や学校が建設されるなど、持続的な展開を見せているエリアも多くあります。

オウルでもまだ整備途中の部分はあるものの、今後段階的に周辺開発が進む見通しが立てられているようです。経済状況による慎重な判断のもと、中長期的に人を呼び込む仕掛けが用意されている点に、フィンランドらしい計画性だといえそうです。

◾️展示に見られるデザインと暮らしの傾向

個々の住まいはユーザーの要望に応えた家づくりが主流となっており、厳選した素材使いなどにこだわる傾向が多く見受けられます。会場で見られた設計面や素材面での共通点をいくつかご紹介します。

光を取り入れ、自然とのつながりを重要視した設計

窓の方角や大きさは、フィンランドの住宅において特に重要な要素。常に自然とのつながりを感じていたいというニーズに応えるため、メインの空間となるリビング・ダイニングは光を取り入れる工夫が随所に見られます。

また、光の恩恵をより一層得られるように、半屋外のバルコニーを設ける住まいのが特徴。バルコニーは冬場でもアウトドアを楽しんだり、洗濯物を干すスペースとして活用されています。

暮らす人の開放感や居心地を大切に

景色が良く陽が入る方向に大きな窓を設けるのは、どの家にも共通したアイデア。冬場の暗い時期が長いこともあり、日射を取得して明るく開放的に暮らせる時間の貴重さが伝わってきます。リビングの天井を高く取り、ゆったりとした空間づくりも「住まいの豊かさ」の基準を示しているようです。

窓は20年以上前からトリプルガラスがスタンダード。大きな開口部を設けても快適に過ごせるよう、窓の断熱性は必要不可欠となっています。

一方、外部からの視線は、地や植栽などで工夫して遮るなど、プライバシーに配慮する工夫もなされています。

地震が無いことによる日本との違い

フィンランドは地震のリスクがほぼ無いため、住宅でも柱梁が無い大空間を演出することができます。天井が高く、吹き抜けを設けた家が多いことも印象的。エネルギー効率だけではなく「空間としての快適さ」や「心理的な開放感」が優先されていることは、住宅を単なる箱として捉えず、人が長く安心して過ごせる場所として考えていることの表れでしょう。

プライベートとパブリックの明確な区分

リビングは家族が一緒に過ごしたり、ゲストを招いたりする共用スペースとして、広々としたオープンプランが一般的です。これは「人間ファースト」の空間づくりの一例で、自然な交流を促す設計の表れです。

寝室や書斎などの個人的な空間は、共用エリアから離れて配置されるなど、明確に区切られていることが多いようです。シンプルに色数を抑えたパブリックスペースに対し、プライベートな空間は物や色味を増やし個性的に仕上げられています。

外壁は木材か石素材で仕上げる

フィンランドの戸建て住宅の外壁は、マツやスプルースなどの木材が最も一般的で、厳しい寒冷地に適応するための高い断熱性能と、景観に調和する落ち着いた色彩が主な特徴です。塗装面でも木外壁は自由度が高いため、多く使われています。

レンガタイルなどの石材を使う場合もあり、一見木にも見えるレンガタイルを全面に張った外観も見受けられました。

地域暖房中心の暖冷房事情

フィンランドでは地域暖房(District Heating)による全館暖房が基本。オウルでは地域暖房を活かした床暖房がメインで、窓下にラジエーターなどがなく、空間がスッキリしていて開放的な印象です。

薪ストーブや暖炉はありますが、基本的には観賞用で、豊かさの象徴として認識されています。「寒くて暗い冬は、家の中に火があるだけで心が晴れやかになる」という心理的な効果を求めて設置する人も多くいるようです。

一局所的なエアコン暖房もありますが、エアコンは冷房用に1〜2台設置されていることが多いようです。フィンランドでも夏の気温が年々上がっていることもあり、個人宅にもエアコンが求められるようになりました。

全ての家にサウナ室

全ての住居にサウナが備えられている点は、最もフィンランド的といえるかもしれません。サウナから外部への動線も整えられ、ひとつとして同じサウナ室はありません。ただ単にストーブを置くだけでなはなく、窓や座面の高さなど、家の中でも特に丁寧にデザインされています。

数坪のスペースではあるものの、暮らしに対して丁寧に向き合い、こだわりを持ってつくられているところに、フィンランド的なスタイルを感じられます。

◾️まちを見に来たくなる仕掛け

ハウジングフェアの会場では、ただ住宅を展示するだけではなく、まち自体を体感したくなる仕掛けが随所に施されています。例えば、島として離れていた場所と陸地を橋でつなぎ、象徴的なランドマークとして機能させたり、橋の袂に新たなパブリックサウナを建設したりと、暮らしの外縁にある楽しみや行きたくなる理由が丁寧に設計されています。

新たなエリアにサウナが生まれることは、住人の満足度を高めるだけでなく観光客の誘致にも有効。エリアの価値が複合的に上昇することで、新たに住む人にとっでの暮らしの価値も担保されます。

また、まちの至るところに現代アート作品が展示されており、それを通じて市民や来訪者が自然とアートに触れられる仕組みが整っています。さらに、地元大学や研究機関との連携により、テクノロジーと文化の融合を打ち出す取り組みも。まちを構成する要素の一つ一つがアート、教育、文化、テクノロジーというテーマで有機的につながることで、未来志向の都市像を見せてくれます。

◾️ハウジングフェアがもたらす三方良しの構造

ハウジングフェアは家を持ちたいユーザー、家を提供したいビルダー、関係人口を増やしたい自治体それぞれにとって大きなメリットをもたらします。

ユーザーは理想の暮らしを現地で体感し、安心して購入判断ができます。どんな家が欲しいのか明確になっていないユーザーでも、最新の住宅を体感し、現地て直接住宅会社の担当者と話をする中で、自分の理想とそれを叶えるための手法を知ることができる、とてもフェアな機会です。

ビルダーやデザイナーにとっては、10万人にも及ぶ住宅検討層との接触機会として、また、自社のデザインや技術を実例を通じて見せる場として、ハウジングフェアはとても有益な場です。販売するモデルハウスを自社負担で建てる必要はありますが、モデルの販売に止まらず、周辺エリアでの仕事にもつながることを考えると大いに活用メリットがあるといえるでしょう。

行政を担う自治体は、市民だけでなくフインランド中、さらに世界からの来場者に対してまちを知ってもらう大きなチャンスを得ます。さまざまな角度から来訪者に印象を残すことができれば、関係者人口が増え、まちでの消費が生まれます。そしてその先には移住者が増え人口増によるメリットも拡大していくでしょう。

ハウジングフェアで示されるさまざまな取り組みの背景には、「自分のことだけでなく、使う人の立場で考える」というフィンランドならではの価値観がうかがえます。誰かのためを思って生み出された合理的な選択肢だからこそ、人に届き、受け入れられていく。個の自由を大切にしながらも、公共性を損なわない設計思想が深く根付いているのです。

ハウジングフェアを単なるイベントではなく新しいまちづくりのビジネスモデルと考えると、人口減少や建築費の高騰など、地方都市の価値の見直しが求められている日本にも取り入れられる要素が多くあります。地域の価値を見直し、新しい価値を創出しながらそのエリアにしかない個性も醸成していく。そんな取り組みの可能性に目を向けながら、引き続き北欧のまちづくりに注目していきましょう。

Related articles関連記事