エリアからネットワークへ。銭湯を起点に考える、これからの地域プレイヤーの役割とは
各地域で魅力的な「まち」を目指す取り組みを紹介。まちの魅力向上をエリアの価値向上につなげるヒントをひもときます。
目次
全国各地で「まちづくり」への関心が高まる中、地域に根ざした持続可能なコミュニティーをどう育んでいくのか。そのヒントを探るため、東北芸術工科大学准教授であり、株式会社銭湯ぐらしの代表も務める加藤優一さんにお話をうかがいました。
東京・高円寺にある老舗銭湯「小杉湯」。その隣で、シェアスペース「小杉湯となり」を運営し、独自の視点から地域再生を実践する加藤さん。その「ハードとソフトを一体で捉える」先進的なアプローチから、これからの地域経営の在り方が見えてきました。
現代人が求める「程よい距離感」と、銭湯というサードプレイス
山形県出身の加藤さんは、幼少期から温泉や銭湯が身近にある環境で育ちました。その後、東京の設計事務所に勤めていた頃、心身ともに疲弊していた時期に出会ったのが「小杉湯」だったといいます。「身体の疲れはもちろんですが、上京して知り合いもいない中で寂しさを感じていたとき、言葉を交わさなくても人の存在を感じられる銭湯に、ものすごく救われたんです」。

加藤さんは、この関係性を「サイレントコミュニケーション」と名付けます。現代のまちづくりにおいて、人と人をつなぐコミュニティースペースの重要性はよく語られますが、加藤さんの目指す関係性は少し異なります。
「コミュニケーションを前提としたスペースって、時にしんどさを感じることもありますよね。『小杉湯』も『小杉湯となり』も、入浴や食事など、生活の拠点となる場をベースにしています。そこでは、1人の時間を過ごすこともできれば、誰かと交流することもできる。そんなふうに、他者との関係性を自分で選択できる場所こそが、今の時代に求められているのだと感じています」。
近年、リモートワークの普及やワンオペ育児などによって、社会的に孤立しがちな人が増えています。そうした人々が、過剰なコミュニケーションを求められることなく、他者の気配を感じながら仕事をし、ご飯を食べる。そんな「お互いを緩やかに許容し合う場」の価値が、今まさに再評価されているのです。

まち全体を「家」と見立てる、分散型のライフスタイル
小杉湯に通う中でオーナーと親しくなった加藤さんは、隣にある解体予定のアパートを1年間限定で活用するプロジェクトを任されます。クリエイターなど10人の仲間とともに暮らしながら銭湯の可能性を探ったこの経験が、現在の活動の原点となりました。
アパート解体後、新たに建てられたのが現在の「小杉湯となり」です。加藤さんはここで、「まち全体を家として見立てる」という独自のライフスタイルを提示しました。「家を自分の部屋だけで完結させようとすると、フルスペックで整備しなければならず、コストもかかるし他者との関係も切れてしまいます。でも、もし『お風呂はまちの銭湯』『大きなキッチンや書斎はシェアスペース』、そして少し歩いたところに『自分の寝室(アパート)』があるとしたらどうでしょうか。機能をまちに分散させ、みんなでシェアすることで、豊かな生活環境と程よいコミュニケーションが同時に手に入るのです」。

実際に周辺の風呂なし物件や遊休物件を活用し、1ヵ月の家賃に銭湯券代を組み込んだ「銭湯付きアパート」を展開したところ、これまでに約30人がこのエリアに移り住んできました。半径500メートルほどの歩ける距離の中に、会員やスタッフが100人以上暮らしているため、程よいご近所付き合いが生まれています。
工務店と銭湯の歴史、そしてなぜ今「新築銭湯」なのか
この「銭湯を起点としたまちづくり」という文脈は、実は地域の工務店にとっても決して遠い世界の話ではありません。歴史を振り返ると、1980年代から90年代にかけては、地域の工務店が銭湯を経営しているケースが少なくありませんでした。
工務店の現場から出る廃材を燃料として燃やし、その熱で湯を沸かして地域に供給する——。これは当時の地域社会における、非常に合理的で自律的なエネルギー循環の仕組みでもありました。しかし、内風呂の普及や採算性の問題から、90年代以降、多くの工務店が銭湯を手放していった経緯があります。


ところが今、加藤さんのもとには、地方の建設会社や工務店から「銭湯を起点にしたまちづくりができないか」という相談が相次いでいるといいます。中には、某建設会社がゼロから新築で銭湯を建設するプロジェクトも動いているそうです。「やはり、従来の建設業・住宅産業のモデルだけでは、人口減少の中で厳しいという危機感があります。自社でしっかりアセット(資産)を持ち、それを活用して事業を多角化し、収益性を高めながら地域での存在価値を作っていこうとする取り組みが増えています」。
かつて手放した銭湯というアセットを、現代の「サードプレイス」「地域のインフラ」として再定義し、もう一度自分たちの手に取り戻す動きが、今再び始まっているのです。
「エリアからネットワークへ」——これからの地域経営に求められる視点
かつてのまちづくりやプレイスメイキングは、大きな予算を投じてピカピカの複合施設を建てるような「マスタープラン型(面的開発)」が主流でした。しかし加藤さんは、今の時代に必要なのは「エリアからネットワークへのパラダイムシフト」だと断言します。

「不確定要素があまりにも多すぎる現代において、5ヵ年計画のような開発はリスクが高く、時代にも合っていません。それよりも、魅力的な『点』をまちのツボのような場所に埋め込み、それらを認識上でつないでいくネットワーク型の拠点づくりのほうが、はるかに時代にフィットしています。機能が集約されているよりも、まちを回遊しながら分散された機能を使うほうが、ユーザーとしても居心地が良いですし、運営側にとってもリスクヘッジや相乗効果を生みやすいのです」。
車社会である地方都市でこのモデルを適用する場合、ネットワークの半径は歩ける500メートル圏内から、車で移動できる2キロ、5キロ圏内へと広がります。その中で加藤さんが強調するのは、レジャー消費型のスーパー銭湯ではなく、日常の暮らしが滲み出るような「銭湯らしさ(その土地らしさ)」をどう設計するかです。「僕のポリシーとして、ハード(空間)とソフト(運営)を一体で考えることを何より大事にしています。例えば、地方で銭湯を計画するときは、運営方法と空間設計を一緒に考えます。そのうえで、持続可能なオペレーションの仕組みを構築したり、コミュニケーションが生まれやすい小さな単位の空間をデザインしたりと、工夫を凝らしていきます」。
提供側が完成されたものを「ジャーン」と提示するのではなく、真っさらな状態で地域に入り、社会実験的に場を開きながら、地域住民や地元のプレイヤーを巻き込んで順々につくっていく。そのプロセス自体を開示していくことで、物的・空間的なネットワークだけでなく、目に見えない「人的なネットワーク」が育まれ、結果として土地やまち全体の価値向上へと還元されていくのです。

住宅会社や工務店は、本来、施工のノウハウだけでなく、地域に根ざした土地や建物の情報を誰よりも持っている存在です。「個人で取り組むと、どうしても小さな動きになってしまいます。だからこそ、地域のアセットや技術、ノウハウを持っている工務店や建設会社の方々が、こうしたネットワーク型のまちづくりに参画していくことで、地方はもっと面白く、より良くなっていくはずです。ぜひ、最初から大きな投資をするのではなく、小さな実験を繰り返しながら、一緒に地域を耕していきましょう」。
建築のプロである工務店が「ハコモノ」をつくるだけではなく、まちに散らばる多様な資源と人々を緩やかにつなぐ「ネットワークの結節点」となること。それこそが、これからの時代を生き抜く地域プレイヤーとしての、新しくも本質的な役割なのかもしれません。
取材協力・写真提供 株式会社銭湯ぐらし
(取材・文/Replan編集部)
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