「寂しさ」の時代に、心地よい距離感をデザインする。福岡・ブックスキューブリックに学ぶ、つながりと文化の編集術
各地域で魅力的な「まち」を目指す取り組みを紹介。まちの魅力向上をエリアの価値向上につなげるヒントをひも解きます。
目次
人間関係が希薄化する現代において、私たちはどうやって心地よい「つながり」を取り戻せるのでしょうか。そして、地方都市において、そこに暮らす人々の心を耕す「文化」はなぜ必要なのでしょうか。出入り自由でありながら、どこか温かい。そんな現代の「居心地のよい居場所」をどうデザインするかは、これからの豊かな暮らしや住まい、そしてまちづくりを考えるうえでの大きなテーマです。
今回は独立系書店「ブックスキューブリック」を運営する大井実さんにお話をうかがいました。単なる本屋の枠を超え、本をツールに人々の関係性やまちの文化を鮮やかに「編集」し続けてきた大井さん。その場づくりの本質と、これからの地域に必要なインフラの在り方についてひもときます。
イタリアのバールに見た、濃密でしつこくない距離感
大井さんは20代の終わり、バブル期の華やかなイベント関係の仕事に違和感を覚え、会社を辞めてイタリアへ渡りました。そこで目にしたのは、日本から消えつつあった「個人商店が生きる街の姿」であり、人々が織りなす見事な距離感だったといいます。

「イタリアの街角にあるバール(立ち飲みカフェ)に行くと、みんなフラッと入ってきて『チャオ!』と元気にお喋りしているかと思ったら、気が付いたらまた『チャオ!』といなくなっている。関係性が濃密ではあるんだけど、しつこくないんです。この都市的な人との距離感の取り方が、ものすごく上手いなと感銘を受けました」。
帰国後、地元・福岡で30代後半から書店でのアルバイト修行を経て独立。その後、カフェやイベントスペースを併設したブックスキューブリック箱崎店をオープンさせ、数々のコミュニティーの実験を重ねてきました。大井さんが場づくりで最も大切にしているのは、このイタリアのバールのような「出入り自由で居心地がいい空間」の構築です。

大井さんは「現代の場づくりには『心理的な部分でどっぷり繋がらない自由』が大切」といいます。「劇作家の平田オリザさんも著書で書かれていますが、昔の日本人は農村で『みんなで一斉に同じように行動する』コミュニティーを生きてきました。戦後はそれが会社に置き換わりましたが、いまや社員旅行や宴会もなくなり、コミュニティーの再構築が必要な時代になっています。僕が好きなのは、人間のメンタルでつながるのではなく、テーマや物事(イシュー)でつながる関係性。本屋という場所は、あらゆるテーマの本が置いてあるから、とにかく『引っかかり』が多い。だから主張しすぎず、そっ気なくなりすぎない、絶妙なつながりを生み出せるんです」。
「本」をツールに、参加のハードルを徹底的に下げる仕掛け
本屋を「孤独に本を買って読む場所」から「本を通じて人とつながるツール」へと再定義した大井さん。ブックスキューブリックでは、参加者の心理的なハードルを細やかに計算したイベントが次々と生まれています。

いま大人気となっているのが、スタッフの提案から始まった「ブッククラブ(サイレント読書会)」です。カフェに集まり、1時間半ひたすら自分の好きな本を黙々と読むだけというシンプルな試みですが、毎回すぐに満席になるほどの支持を得ています。
「読書会と聞くと『感想を言わなければいけない』と身構えてしまう人もいますが、発言の必要をなくしたことでハードルが下がったんですね。終わったあとの30分だけ、持ってきた本を見せ合ってゆるやかに交流する。図書館のような静けさと、適度な交流のバランスが心地よいのだと思います」。

さらにユニークなのが、本を使った婚活イベント「本活」。男女が自分の好きな本を持ち寄って自己紹介をする縛りにしたところ、なんと毎回5割以上のカップル成立を誇るそうです。「本を介すると、その人の価値観や人柄が自然と伝わるんです。おしゃれすぎず、適度に心地よい空間をつくり、参加しやすいように段階を踏んでハードルを下げてあげること。それが、人が集まる場をデザインする側の重要なポイントになります」。
地域文化のインフラとして、本気で「フルスペック」を目指す
住まいや暮らしの提案を通じて地域に関わる工務店や住宅会社でも、場づくりへのチャレンジは始まっています。近年、ショールームやモデルハウスの中にブックコーナーやカフェスペースを設ける企業が増えていますが、大井さんからはプロとしての愛ある辛口な意見が飛び出しました。

「厳しいことを言うようですが、やるなら『お飾り』や『コーナー』ではなく、雑誌も入れてお客さんの注文も受けられる、フルスペックの真剣な本屋をやってほしい、というのが僕の気持ちです。最初だけバシッと格好よく品揃えをしても、本が動かなければ変わり映えのしない場所になってしまい、いつか人が来なくなります。本屋も真剣、併設するカフェも真剣、すべてが高いレベルで融合している場所でないと、継続可能な仕掛けにはなりません。イベントも趣味や持ち出しではなく、経営としてしっかりと利益を残す算段を立てるからこそ、まちのインフラとして持続できるんです」。

単なる住宅受注のための集客ツール(手段)として場を捉えるのではなく、それ自体が地域の知的インフラとして機能するような「本物の拠点」をつくること。その覚悟があって初めて、まちに開かれた本当のコミュニティーが生まれるのだと示唆してくれました。
強い個人商店の集積が、まちづくりの「上流」をつくる
大井さんはこれからの地方移住とまちの魅力の在り方について、「強い個人商店の集積が魅力的なまちをつくる」と、熱い持論を語ります。「どこに行ってもチェーン店ばかりのまちには、誰も移住したいとは思いませんよね。地方の魅力はやっぱり『文化インフラ』なんです。映画館がなくても、広場に櫓を組んで野外映画祭をやったっていい。よそ者と地元の人が自然に交流できる拠点があることが、地方に人を呼び込む一番のポイントになります。文化が育っていないようなところに、移住者は来ませんぞ、と僕は言いたいですね」。

地方において、家を建てるというのは一番最後の工程。そこで働く人、住む人が増えない限り、工務店の仕事は生まれません。家を売る前の『上流』であるまちづくりや文化の提案に、もっと多くの工務店が関わっていく必要がありそうです。
人とのつながり方を再編集し、まちに本物の文化を根付かせること。ブックスキューブリックが25年かけて培ってきた場づくりの知恵は、これからの地域社会で「住まいと暮らし」を提案していくプレイヤーにとって、進むべき道を照らす大きな灯台となるはずです。
取材協力・写真提供 ブックスキューブリック
(取材・文/Replan編集部)
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