遡ること2015年の初夏。腰痛で寝込んでいた奥さんが漏らした「故郷の十勝に帰りたい」という言葉が、移住のきっかけでした。「昔から、寒い土地は嫌だって言っていたのにね。親戚や友人も多く住んでいる士幌にはときどき一緒に帰省していたので、私にもなじみがあり、それもいいかと思いました。士幌の隣町の音更に住む妻の友人が、近所にいい宅地があると教えてくれて、とんとん拍子で家づくりの計画が進みました」と語る佐藤辰夫さんは、東京で設計の仕事をされていた建築家。

紹介された100坪の宅地は、東と北に農地が広がり、大きな柏の木が待ち人を迎えるように立っていました。若いころから「原野に住みたい」と願っていた佐藤さんは、その景色に一目ぼれして、即決で購入しました。

敷地に合わせて設計された新居は、ずっと前からここに在ったように、自然な佇まいに仕上がった
敷地に合わせて設計された新居は、ずっと前からここに在ったように、自然な佇まいに仕上がった
愛用の道具類を外に持ち出して、ベッドやソファなどを自ら造作するなど、大工仕事にも精を出す佐藤さん
愛用の道具類を外に持ち出して、ベッドやソファなどを自ら造作するなど、大工仕事にも精を出す佐藤さん
これからの経年変化が楽しみなカラマツの外観
これからの経年変化が楽しみなカラマツの外観

そして、改めて寒冷地住宅について勉強を始め、新木造住宅技術研究協議会(新住協)の家づくりを知り、新住協会員の地元工務店がパートナーなら間違いのない家が建つと思いました。そして、カラマツの美しい建物が目を引いた地元工務店の水野建設に新築の相談を持ち掛けました。「水野さんとなら、面白いことができそうと直感しました。人柄や会社の雰囲気もとても好印象でしたね」。

ダイニングテーブルは、仕事机も兼ねる。窓越しに見える柏の木には、時折アカゲラもやってきて、目を楽しませてくれる
ダイニングテーブルは、仕事机も兼ねる。窓越しに見える柏の木には、時折アカゲラもやってきて、目を楽しませてくれる
「(水野建設の)平さん(写真右)はお金にならないことにもとことん付き合ってくれました。こういうご縁が結べたのも、家づくりの大きな収穫でした」と佐藤さん
「水野建設の平さん(写真右)はお金にならないことにもとことん付き合ってくれました。こういうご縁が結べたのも、家づくりの大きな収穫でした」と佐藤さん

既に基本設計を終えていた佐藤さんは、4月から水野建設と最終的なプランニングに着手しました。図面に描かれていたのは、オープンなLDKと寝室、水まわりで構成された延床約73㎡の小さな平屋。素材も「できる限り十勝で手に入る自然素材を採用して、経年変化を楽しみたい」と、カラマツを主体に、無塗装のシナベニヤや珪藻土を採用しました。

玄関ホールの正面は寝室、右手はLDK。小さな家ならではの動線の短さに、奥さんは「家事がしやすい」と喜んだ
玄関ホールの正面は寝室、右手はLDK。小さな家ならではの動線の短さに、奥さんは「家事がしやすい」と喜んだ
寝室にも山並みと田園を望む開口が設けられている。こうした景色は、山形にある佐藤さんの故郷にもよく似ているという
寝室にも山並みと田園を望む開口が設けられている。こうした景色は、山形にある佐藤さんの故郷にもよく似ているという

施工を担当した水野建設は、十勝の気候風土に合う換気計画や暖房・給湯など、住宅設備に関するサポートも行いました。「水野社長の豊富な経験に基づいたアドバイスは、一つひとつが勉強になりとても心強かったです」。室内に新たに設える家具類もすべて佐藤さんが自ら設計し、造作。引き渡しの1ヵ月前から、近所に住む奥さんの友人宅から自転車で現場に通い、コツコツと仕上げていったそうです。

風除室のドアの塗装や木目を生かした取っ手も佐藤さんが手掛けたもの。塗装は水野建設の平さんも手伝った
風除室のドアの塗装や木目を生かした取っ手も佐藤さんが手がけたもの。塗装は水野建設の平さんも手伝った
水まわりとトイレは1ヵ所に集約し、浴室にはガラスの間仕切りを採用。造作洗面台には後日、陶器製のボウルを設置する予定
水まわりとトイレは1ヵ所に集約し、浴室にはガラスの間仕切りを採用。造作洗面台には後日、陶器製のボウルを設置する予定

2017年10月下旬、柏の大木に包まれるような平屋住宅で新生活が始まりました。移住のきっかけとなった奥さんの腰痛も「いつの間にか気にならなくなっていた」とか。「小さな家は、家事動線が最短で暮らしやすいですね。春になったら菜園づくりも楽しみたいと思っています」と、奥さん。

最も眺めの良い場所に設けたL字型の大開口が、ミニマムな空間に無限の広がりを与えている
最も眺めの良い場所に設けたL字型の大開口が、ミニマムな空間に無限の広がりを与えている
経年変化を楽しむため、建物と造作にはカラマツとシナベニヤを採用。テレビの上の壁面収納は、カーテンの納まりも考えて設計
経年変化を楽しむため、建物と造作にはカラマツとシナベニヤを採用。テレビの上の壁面収納は、カーテンの納まりも考えて設計

「水野建設の平さんは今も僕らを気遣って、ときどきやって来ては作業を手伝ってくれるんです。こんなふうに住まう人とつくり手がいつまでも付き合えるような家づくりを、これからはしたいですね。そうした仕事もまた、僕らのこれからの日々をより楽しく豊かにしてくれるんだと思います」と、笑顔で話す佐藤さんでした。

家族構成:夫婦60・70代
前居住地:東京都
住宅の施工会社:(有)水野建設