たかが財布・されど財布、その実力を見よ

のっけから「熱を冷ます」話をしてしまって恐縮であるが、蓄熱の効果をきちんと発揮するためには、現実を直視した冷静な検討が不可欠である。それでは蓄熱の効果を活かした場合、建物はどうなるのか。蓄熱を活用した実例をいくつか取り上げてみることにしよう。

事例① 土壁のゼロ・エネルギー・ハウス

木造はわが国で高度に発達した技術の伝統を有し、CO2排出量抑制や木材活用・地域振興の観点からも、住宅の建材として最も望ましい。一方で木造の数少ない欠点の一つとして、コンクリート造などに比べて熱容量が小さいために室温変動が大きくなることがあげられる。上の写真の物件は寒暖の差が大きい岐阜県恵那市の例であり、Q値1.3と十分な断熱性能を確保しつつ大きな開口で日射取得を増やし、さらに壁の室内側に土壁を設け熱容量を持たせることで、蓄熱による温度安定性を図っている(写真2・3)。

写真2 ZETHの壁体カットモデル
写真2 ZETHの壁体カットモデル。外側(手前側)には十分な断熱を施した上で、内側(奥側)に土壁で熱容量を付加している/金子建築工業ゼロ・エネルギー・モデルハウス
写真3 ZETHの夜における表面温度分布
写真3 ZETHの夜における表面温度分布。昼間に土壁に蓄熱された熱が放出されている様子が分かる。特に暖気が溜まりやすい上部の放熱が顕著/断面模型と室内の熱画像

暖房を全く行っていない冬期の室温変動を、図3に示す。岐阜県東部に位置した内陸性の気候のために外気の変動は大きく、明け方の冷え込みはマイナス5℃程度と厳しい一方で日中の温度は10℃近くにまで上昇する。日中の日射取得を加味すれば熱容量の小さい通常の木造住宅では室温が大きく変動するが、本物件では3日間で温度差は10℃強にとどまっている。

図3 ZETHにおける暖房停止時の温度変動
図3 ZETHにおける暖房停止時の温度変動。高い断熱性能により無暖房でも外気温度より室温は15℃以上高い。土壁の熱容量により温度変動も抑えられている

熱容量の差異を検証するため、当物件の室温変動をシミュレートした結果を図4に示す。無断熱のCase1では、当然ながら室温は常時低く推移する。断熱性能を向上させたCase2, Case3(本物件と同等の性能)となるにつれて室温は上昇するが、熱容量が小さいままでは日中のオーバーヒートが深刻化する一方で、明け方の室温は大きく落ち込む。まさに、バブル期と氷河期の繰り返しである。

図4 ZETHの温度変動をシミュレーション
図4 ZETHの温度変動をシミュレーションにより再現したもの。断熱だけでは室温変動が晴天日は極端に大きく、まさに「バブル期」と「氷河期」の繰り返し。蓄熱を付加することで、初めて快適な温熱環境が達成できる

ここに土壁の熱容量を追加したのがCase4である。熱容量の小さいCase3に比べると、見違えるように室温が安定していることが分かる。暖房の年間熱負荷(カッコ内の数字)も13.6GJから9.3GJに減少しており、省エネにも大きく寄与していることが分かる。

事例② 北海道の外断熱ブロック造

北海道では、コンクリートブロック造が広く普及した時期がある。構造体のコンクリートは手軽な蓄熱体であり、外断熱をすれば大きな熱容量を得ることができる。

写真4は40年以上前に高断熱・高気密を実現した記念碑的住宅であり、当時まだ珍しかった外断熱により室内側のコンクリートブロックの熱容量を温度安定化に活かしている。北海道でも近年は温暖化の影響により夏の暑さが厳しくなっているが、本物件では夜間に涼しい外気を取り込んで躯体を冷却する「ナイトパージ」を行い、昼間は蓄えられた冷熱により冷房なしに快適にすごすことができる。

このように蓄熱は夏にも利用することが可能であるが、夜間の外気冷え込みが小さい地域では効果が限られるし、湿度の高い地域では冷えた躯体に外気があたると結露のリスクがあるので要注意。また断熱と蓄熱のバランスが悪いと、日中の熱が蓄熱されて夜、寝苦しくなりかねず、慎重な設計が求められる。

写真4−1 北海道の外断熱ブロック造住宅
写真4−1 北海道の外断熱ブロック造住宅の室内
写真4−2 北海道の外断熱ブロック造住宅の熱画像
写真4−2 北海道の外断熱ブロック造住宅の熱画像。ほぼ温度ムラのない空間

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