北欧に学ぶスマートシティ|フィンランド・スウェーデン、日本との違いは?
目次
フィンランドのまちづくりや暮らしを知ることで、これから北海道や日本が進む道のヒントを見つけていく連載。第二回のテーマは「スマートシティ」です。先進的といわれる北欧でのスマートシティの取り組みは実際どのようなものなのか。現地のレポートを交えてお届けします。
スマートシティとは
スマートシティに必要な条件
スマートシティとは、都市部に人口が集中したことによる渋滞やエネルギー問題などの課題に対して、先端技術を取り入れて解決を目指す取り組み。都市が抱える問題を解決し、住む人の生活の質を向上し、持続可能な都市を実現することがスマートシティ化の目的です。
スマートシティに必要な条件は、先端技術の活用、データ連携基盤や都市OSの整備、セキュリティーと信頼性の確保、デジタル人材の育成、持続可能な全体最適化、そして社会的受容性と住民参加などさまざまあります。これらをバランスよく備えることで、都市や地域の課題解決と新たな価値創出が可能だとされています。
スマートシティが解決する都市の課題
都市部の人口集中と社会課題の深刻化
世界的な人口増加や都市への人口集中により、交通渋滞、エネルギー消費の増大、環境悪化、インフラの老朽化などの問題が深刻化。日本では特に、少子高齢化や災害の頻発、インフラの老朽化など、先進国特有の課題が顕在化しています。
持続可能な社会の実現
スマートシティは、IoTやAI、ビッグデータなどの先端技術を活用し、都市インフラやサービスを効率化することで、エネルギー消費の削減や環境負荷の低減、持続可能な都市運営を目指しています。都市の基本機能を最適化し、無駄を削減しながら運営コストも抑制することができるとされています。
生活の質の向上と利便性
技術の導入により、交通渋滞の緩和や公共サービスの最適化、防災力の向上、医療や教育の質の向上など、市民一人ひとりの生活の質が高まります。交通やエネルギーのリアルタイム管理によって、都市生活の快適性と安全性を向上させるもくろみもあります。
多様な社会課題への対応
高齢化や待機児童、都市型災害、感染症対策など、複雑化する社会課題に柔軟かつ迅速に対応できる都市づくりが求められています。デジタル化の加速や新たな生活様式への対応も、スマートシティ化の重要な背景です。
経済発展とイノベーションの促進
スマートシティ化は新たなビジネスや雇用の創出、地域経済の活性化にもつながると期待されています。
北欧でスマートシティの取り組みが進む背景
北欧でスマートシティ化が進む理由は、福祉国家としての持続性確保、市民のウェルビーイング重視、責任感と参加意識、平等性の追求、効率的なリソース配分といった社会的な背景が強く影響していると推察されます。また、データ活用の徹底といった文化的背景があることも、取り組みを後押ししています。特に福祉に重きを置く文化から、人々がテクノロジーを「人を幸せにするための道具」として認識していることが、北欧独自のスマートシティの発展を支えていると考えられます。
フィンランドではスタートアップ文化が盛んで、スマートシティに関連する新しい技術やサービスが多く登場しています。特にIoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)を活用した都市問題解決の取り組みが活発なことから、世界的にも注目されています。
北欧のスマートシティ事例
ヘルシンキ(カラサタマ)|フィンランド
ヘルシンキ東部のカラサタマは、近年スマートシティ開発の先進事例として注目を集めています。かつては刑務所や屠殺場があり、居住エリアとして認識されていませんでしたが、2009年から海を埋め立ててつくられた新たな街区が生まれ、スマートシティの試験地域としての役割を持っています。
住宅、高層マンション、オフィス、商業施設、医療機関など、さまざまなサービスがコンパクトに集まる「ミクストユース」の設計がその特徴。多様な技術を活用したサービスが生活に組み込まれ、効率的で持続可能な暮らしにより、市民の生活の質向上にもつながっています。
この10年間でタワーマンションや複合的な商業施設が建設され、地価や人口密度も上昇するなど、エリアとしての魅力と価値が高まっています。海に近く再開発余地のあるエリアにとってのヒントが詰まっており、日本の地方都市でも応用可能なモデルといえそうです。
タンペレ|フィンランド
ヘルシンキから北西に約160km。フィンランドで二番目に多い人口35万人を誇る都市 タンペレは、工業と自然、そしてテクノロジーが調和する街です。水力発電を活かした産業発展の歴史を持ちながら、近年はスマートシティとして再評価されています。
街は「大きすぎず小さすぎず」のコンパクトなサイズ感で、トラムやバスも充実し、歩きやすく暮らしやすい都市設計が特徴。また、自然との距離も近く、湖畔や森が日常の延長線にあるため、市民に話を聞くと「とても綺麗でバランスがよく、暮らしやすいよ」という実感の声が聞けます。エネルギー面でも自然の恩恵は多く、湖に囲まれた環境を活かした水力発電などシステムが整っています。
古くはフィンレイソンなど繊維業の工場やメッツァなどの製紙工場で発展した工業の街でしたが、工学系に強いタンペレ大学や隣町に本社を置くノキアの影響もあり、ITやテクノロジーも発展。地域のあちこちで市民の暮らしの質を高めるための工夫が見られます。
国の都市開発「ハウジングフェア」によって2012年にできた新たな街区ヴオレスの開発も進み、全体的な地価は上昇傾向にあるものの首都ヘルシンキに比べると手が届きやすく、程よい豊かさが魅力。都市機能・自然・歴史が適度なバランスで融合している点が人々に受け入れられている背景といえそうです。
ストックホルム|スウェーデン
スウェーデンの首都ストックホルムは、約100万人が暮らす都市でありながら、歴史とテクノロジーが見事に共存するスマートシティとしても高く評価されています。中世13世紀からの面影が残る旧市街・ガムラスタンの石畳や建物の間をすり抜けるように15分ほど歩くと、一気に現代的なオフィス街や商業施設が広がる新市街へとたどり着きます。市内は起伏が少なく、徒歩や自転車での移動がしやすい設計になっており、電動キックボードのシェアサービスも充実。これに加え、公共交通機関としてトラムやバス、地下鉄も効率的に整備されており、移動に関するストレスが非常に少ないのが特徴です。
住居エリアが中心部から多少離れていても、高速かつ多様な移動手段が確保されているため、市民生活にはほとんど不便がありません。中心地からバスで15分ほどの高台にあるセーデルマルム地区では、築100年以上の集合住宅、教会、保育園、病院、さらにはオフィスまでが一体化した「混在型」の都市構造が見られ、生活機能がコンパクトにまとまっている点も魅力です。こうした構造は、持続可能性や市民のウェルビーイングを重視する北欧らしい都市デザインの一環であり、まさに「スマートシティ」が体現されていることが見て取れます。
日本でも進むスマートシティの取り組み
日本政府は「Society 5.0」の実現を掲げ、内閣府、総務省、経済産業省、国土交通省などが連携し、都市OSやデータ連携基盤の整備、官民連携の強化、スーパーシティ構想の推進など多角的な施策を展開しています。
日本のスマートシティ推進は着実に進展しているものの、世界の都市ランキングでは東京が84位、大阪が86位と、欧米やアジアの主要都市に比べて後れを取っているのが現状です。背景には、都市全体での統合的なデータ活用や市民参加の仕組みが十分に浸透していないこと、縦割り行政の課題、海外都市と比べたスピード感の不足などが指摘されています。今後は、IoT・AI技術のさらなる進化、社会実装の加速、SDGsや地球温暖化対策と連動した持続可能な都市づくりが期待されています。
スマート福岡シティ
福岡市が推進する「スマートシティ」構想の一環として進められているプロジェクト。スマートな交通管理システムの導入による、渋滞の削減や公共交通機関の効率化、スマートセンサーやAIを使った都市のインフラの管理や保守の効率化が行われています。
LINEの技術を活用し、行政手続きや生活サービスのデジタル化、モビリティやヘルスケア分野での新サービス開発が行われていることが特徴的。2018年に全国で初めて「LINEで完結する粗大ごみ収集の申請」をサービス化するなど、日々の暮らしに直結した取り組みが着々と進んでいます。2025年4月時点のLINE公式アカウントの友だち数は約29万人。LINEからの申請件数は、既存の予約手段であった電話での申請件数を超え、福岡市民の間では「LINEで完結する粗大ごみ収集の申請」が新常識となりつつあります。
柏の葉スマートシティ
柏の葉スマートシティは、千葉県柏市の「柏の葉キャンパス」駅周辺を中心に、公(行政)・民(企業・住民)・学(大学・研究機関)が連携し、「環境共生」「健康長寿」「新産業創造」の3本柱で未来型都市づくりを進める、日本を代表するスマートシティの取り組みです。
環境共生の面では、街全体のエネルギー利用を可視化し、最適化することで、省エネ、CO2排出量削減、災害対策に貢献するエリアエネルギー管理システム (AEMS)、太陽光発電などを導入し、街全体のエネルギー需要に対応する再生可能エネルギーの活用などが進められています。
また、起業家から⽣活者まで、職種や⽴場を超えた多様な⼈々が集まるイノベーション拠点「KOIL(柏の葉オープンイノベーションラボ)」や、留学⽣・研究者向けシェア型賃貸住宅「柏の葉インターナショナルビレッジ」などの施設が設けられ、さまざまな知識や技術、アイデアを組み合わせることで、⾰新的な新事業や製品・サービスを創造しています。
日本の暮らしに取り入れるためのヒント
日本では多くの自治体がスマートシティの実証実験に取り組んでいますが、本格運用に至らないケースも多く見られます。これはコスト負担やマネタイズの難しさ、自治体・企業・住民間の連携不足などが主な要因だと思われます。
フィンランドやスウェーデンに見られるスマートシティの背景には、「どうありたいか」という社会像を市民自身が議論し、明確な合意形成のもとでデジタル化・効率化が進められているという特徴があります。また、行政データのオープン化が進み、産学官民の連携やイノベーションが生まれやすい土壌があります。
北欧諸国に見られる「市民参加・合意形成」「データ活用・オープン化」「持続可能な社会像の共有」といった点を日本に最適化しながら課題を克服し、さまざまなスマートシティの取り組みを実装段階へ移行していくことが、今後の発展の鍵となりそうです。
