いごこちの科学 NEXT ハウス

さらなる省エネ・省CO2が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。
「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から 寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻・准教授 前 真之 (まえ・まさゆき)

東京大学大学院工学系研究科
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)

今回は断熱・気密の話をしましょう。一見地味なこのテーマ、でも日々の快適な生活には絶対に大事なこと。これから家を持つ人はぜひ読んで、満足のいく家を手に入れる参考にしてください!

ある専門家の告白

断熱・気密の大切さは経験を積んでこそ分かるもの。建築のプロだって、初めからその重要性を理解していた人は(たぶん)いません。ここで、ある「専門家」の告白を取り上げます。

彼は建築学科の学生だった時代、断熱・気密のことを授業で習いました。教えていたのは権威の大先生だったのですが、正直あまりピンときませんでした。テストに出るので壁の中の温度分布や結露判定の計算方法を一応勉強しましたが、大事だとか面白いとかは全然思えなかったのです。

彼はやがて建築環境の研究者となり、そして全国に建った「エコハウス」を計測する機会がありました。最新の赤外線カメラでエコハウス中を撮影すると、なんということでしょう。図1のように、極端な温度ムラを表す「真っ赤」「真っ青」のカラフルな画像が続々と出てきたのです。彼は楽しくて大喜びしていましたが、エコハウスの管理人の話を聞いてハッと我に返ったのでした。

図1 エコハウスの惨劇
図1 エコハウスの惨劇
全国各地に建てられたエコハウスを冬場計測してみると、室内が寒く暖房に大量のエネルギーを消費しているケースが多く見られました。設計時の断熱レベルや、施工時の気密レベルに課題があったようです。筆者はこうした体験から、建物の設計と施工の大事さを痛感するようになりました。

「このエコハウスは国のお金を使い、最高の設計と技術でつくられたと聞いています。だけど住んでいる私にとっては冬は寒くて仕方ないし、エネルギー消費も結構なもの。見学に来てくれた人にこの家を勧めていいのか、悩んでいるんです」。

カラフルなサーモ画像の原因は低断熱・低気密の証拠。この時、彼は昔習った断熱・気密のことを思い出しました。調べてみるとエコハウスと言いながら、実は断熱・気密の性能はとても低かったのです。彼は痛感しました。ああ、断熱・気密がしっかりしていないと、住む人が不幸になるのだと…。

断熱・気密、その苦しみの歴史

言うまでもなく、この彼は筆者本人です。断熱・気密を大事にしている設計者・施工者は、みんなハッと気づく体験をしています。だからこそ、断熱・気密を高めつつ、そこで生じてくる問題をコツコツと技術を積み上げて解決してきたのです。一朝一夕でマネできるものではないのです。

なぜ断熱・気密は難しいのでしょう。それは人の願いを叶えるために、自然界の摂理に逆らっているからです(図2)。「冬、外は寒くても家の中は暖かく過ごしたい」。これは人の願いとしてはごく自然です。しかし残念ながら、自然の摂理にとっては不自然極まりない。自然界にとって自然な状態は、夏は暑く冬は寒く、気温にムラがない、一様にノッペリした世界なのです。

図2 冬暖かい家をつくることは自然の摂理と対峙すること
図2 冬暖かい家をつくることは自然の摂理と対峙すること
冬に家の中を暖かく保ち、かつ建物に害を及ぼす結露を防ぐことは、決して簡単なことではありません。自然界は様々な手段を用いて、室内外の温度差をなくそうとしてきます。しかし技術の進歩は過去の不可能を可能にします。熱と空気・湿気の移動の原理を理解し、適切に対処していくことが唯一の道です。

世界をすべて同じ温度にする。この大いなる野望を達成するために、自然は強力な武器を持っています。冬に家の中をせっせと寒くする主役は、モノの中の電子運動による「伝導」と、空気の移動による「対流」の2つです。

図2の右の家のように断熱・気密がとれていないと、この「伝導」と「対流」が猛威をふるいます。壁や天井も熱をドンドン外に伝え、隙間を空気がダイナミックに行き交います。暖房機器で熱を入れて室温を上げようとしたところで、この2つの力が瞬時に熱を外に連れ去ってしまいます。特に曲者なのが、空気の流れです。空気の流れは外の風でも生じますが、暖められて軽くなった空気が上に登ろうとする「浮力」も強力です。なにしろ、熱気球は温かい空気を袋に溜めるだけで空を飛ぶのですからね。

実は断熱住宅が始まった当初、この空気の流れは見逃されていました。伝導さえ減らせばと、壁の中に断熱材を詰め込む「断熱だけ」だったのですが、効果が上がりませんでした。後になって、室内の温かい空気を留め冷たい外気を防ぐ「気密」、壁の中での流れを防ぐ「気流止め」が不可欠だとわかったのです。

この「断熱だけ」住宅でもう一つ大問題になったのが、「結露」でした。ムラが大嫌いな自然界は、湿度、水蒸気も家の中と外で同じにしようと企んでいます。室内の水蒸気は、隙間だらけの壁を元気に突き抜けます。そして壁の中で冷やされると熱を失って水に変わってしまい、そこに居座ります。これが結露です。別に壁の中で結露したって大したことない、と思うかもしれません。しかし北海道で「断熱だけ」住宅が普及したとき、この結露が大問題になりました。なにしろ、木の部材が腐って床が抜け、壁の中がキノコやカビだらけになるという事故が多発したのです。さらに温暖地で脅威となるシロアリは、湿った木が大好物。中途半端な断熱が建物の寿命を短くしてしまったのです。

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