既存の家の中に、新たな生活拠点を挿入。リノベーションの新しい形を提案する「イエの中のイエ」

公開日:2026.5.11 最終更新日時:2026.5.11

Replanが取材した、北海道・東北の素敵な住まいづくりの話をご紹介します。

「地域の記憶を未来へつなぐ、小さな編集としての建築」をモットーにする「grid(グリッド)」は、数多くのマンションや戸建てのリノベーションをプロデュースしてきた今 美香さんと、建築家の小坂裕幸さん、北谷加奈子さんの3名によるユニットです。

「grid」が大切にするのは、派手な造形美ではなく、その土地にそっとなじむたたずまい。家が積み重ねてきた時間に寄り添い、記憶を受け止めながら、住む人の居場所を整えていく――。芦別市の「イエの中のイエ」は、そんな「grid」の思いを体現したプロジェクトです。

半世紀にわたりたたずむMさん宅。なじみのある風景を損なうことなく、現代の暮らしを快適にするのが、「grid」が提案する新しいリノベーション

舞台は、祖父が建て、父が増築し、三世代が50年以上にわたり暮らしを紡いできた木造住宅。クリーム色の外壁と深い緑の屋根を持つこの家は、半世紀もの間、地域の風景の一部としてたたずんでいました。子どもたちが独立し、父を見送り、生まれ育ったこの家を引き継ぐことになったMさんですが、直面したのは「一人で暮らすには広すぎて持て余してしまう。冬の冷え込みも厳しく、光熱費もかさんでしまう」という課題。

しかし、予算内で全体に手を加えるとなると、表層的な改修にとどまってしまい、根本的な課題解決にはつながりません。「将来は長年集めてきた絵本を生かしたコミュニティーの場をつくりたい」という夢と、住まいの随所に息づく家族の歴史。Mさんのこれからの暮らしと家のこれまでの歩みを見つめ、「grid」が導き出した正解が、既存の大きな器の中に、一人暮らしに事足りる「小さな生活単位」を挿入する「イエの中のイエ」でした。

壁を抜いたことで玄関と多目的室に一体感が生まれた。冬場はここが冷気を食い止める「風除室」の役割も担う
旧・西の居間の建具や既存の柱など、歴史を刻む素材を白い余白が受け止める

既存の玄関ホールを境界に、祖父が手がけた東側と、父が増築した西側にそれぞれ居間がある構成。「grid」はこのスケールを、パブリックな「内のソト」と、プライベートな「内のイエ」という二つのレイヤーで再編集しました。

父の記憶と家族の歴史を抱く西の居間が、新たな「内のイエ」の暮らしを優しく見守る

前面道路に面した南側の「内のソト」は、内部でありながら外部のように気楽に扱える空間です。旧・東の居間は、既存のカーペットを剥がし、無骨な床暖パネルをむき出しにした土間のような多目的室へと更新。陶芸や観葉植物の手入れなど、足元の汚れを気にせず趣味に没頭できるこの場所には、Mさんが長年集めてきた絵本をハシゴを棚に生かして並べています。一方、父が増築した旧・西側の居間は最小限の改修にとどめて保存。Mさんの父がお気に入りのソファに腰かけ、外を眺めていた「あの日のまま」の光景が、今も静かに息づいています。

多目的室の壁は、既存玄関のラインに合わせて一部をふかした設計。造作のはしご棚には、お気に入りの絵本が並ぶ
父が過ごした西の居間を切り取る内窓。家族の記憶をつなぎながら、新たな暮らしを営む。既存の床や柱の色が白い壁に反射し、新しくも懐かしさを運ぶ空間に

「内のソト」の奥、敷地の北側に位置するのが、Mさんの生活拠点となる「内のイエ」です。断熱性能を高めた約14坪のエリアは、仕切りのないひとつながりの空間で、ナラ突板フローリングと壁・天井を白のEP塗装で仕上げた静謐な空間。日々の中心となるダイニング・キッチンと旧・西の居間の境界には内窓を設け、食事の合間にそこを眺めれば、まるで写真のフィルターを通すように、懐かしいかつての風景が美しく切り取られます。余白のある白壁は、内窓の向こうにある旧素材の質感を受け止め、新旧をやわらかく調和させています。

小上がりのあるダイニング。スパンの長い造作テーブルは、小上がりをベンチとして活用することで、大人数の来客にも対応する
以前は個室のL字型だったキッチン。大規模な配管移動を避けつつシンプルな壁付けへ刷新。壁を取り払うことでダイニングと一体感のある開放的な空間となった

西の居間の壁を一部抜き、2階へはしごで上れるように。既存のまま手を加えていない小屋裏には、Mさんが長年集めた絵本がずらりと並ぶ
ほとんど手を加えていない西の居間は、南の大きな窓から陽光が注ぐサンルームのような心地よさ。冬の間は寒さ対策として2階へと続く天井を簡易的なふたで閉じる予定

ガラスの向こうに寝室が続く。アルコーブのようなたたずまいの空間が、緩やかな奥行きを生んでいる
寝室のガラス越しに多目的室を望む。瑞々しい観葉植物のグリーンが、プライベートな空間に安らぎを与える
「内のイエ」の寝室。階段下のデッドスペースを生かして、ガラスをはめたニッチや収納を設けている。左側はMさんの衣類を集約するクロークエリア。将来的にはカーテンでやわらかく仕切る予定だそう

週末や連休。方々で暮らす家族がMさん宅に集まり、多目的室に畑の野菜が並び、父のソファに腰をかけて子どもたちが語らう。家族のよりどころという役割と積み重ねてきた記憶を尊重しながら、今の暮らしを快適に更新する。それは、大きな変化よりも、暮らす人の目線に寄り添った「小さな更新」を積み重ねるという、「grid」が提案する新しいリノベーションの形です。

東の居間は、床暖パネルをむき出しにした多目的室に。趣味の陶芸や、観葉植物の手入れなど、気兼ねなく楽しめる空間。東側には勝手口があり、畑で採れた野菜の出し入れもできる

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