今も人が暮らす築90年のアアルト建築を見学できるイベント「Sunilan Aalto Homes」
フィンランドに半年間滞在していたReplanスタッフがお届けする、北欧の暮らしや建築のこと。
目次
フィンランド南東部の港町コトカ。ロシアとの国境に近いこの街は、19世紀末に木材・製紙産業を基盤に急成長し、戦後には造船や港湾物流の要衝としても発展しました。
中でも1930年代、Ahlström社が工場労働者のために整備を始めた「スニラ地区」は、アルヴァ・アアルトの設計による住宅群のあるエリアとして知られています。


1936年に最初の住宅である「Kantola(工場長の家)」が完成。その後1954年までに集合住宅が段階的に建設され、森と海に抱かれた労働者用住宅地として整備されました。社宅としての役割を終えた今は、個人が所有して暮らす場所として引き継がれています。



「Sunilan Aalto Homes(スニラ・アアルト・ホームズ)」とは
2023年から、この住宅群の一部を、実際に住む人の案内で見学できるイベントが始まりました。それが「Sunila Aalto Homes」です。参加者は、築70〜90年を超えるアパートの中を自分の目で見て、そこでの日常を体感できる特別な機会です。


アアルトが設計した建物は、公共建築以外は基本的に博物館的に使われているのがほとんど。実際に人が暮らしている空間を、生で見られるチャンスはなかなかありません。ここが実際にどんな場所で、住人がどんな暮らしをしているのか。築90年近い建物を選ぶ理由は何なのか。実際に足を運んで確かめてきましたので、その様子と個人的な感想をご紹介します。
アアルトらしい自然と共存する設計
まず印象的だったのは、住宅が森と寄り添うように配置されていたこと。これはアアルトの設計のなかでも最も重要視されている設計哲学の一つでもあります。


土地自体は森の真ん中にあるため、必然的に自然に触れられるといえばそうなのですが、窓の外には必ず緑があり、採光や自然とつながる設計はさすがの一言。傾斜地でも無理に高さを変えずに地形を生かす設計がなされていたりして、環境との関係性をかなり強く意識していたことが分かりました。

快適な温熱環境
次に目を引いたのは、人が快適に暮らすための機能がしっかりと組み込まれている点です。集合住宅ながら建物全体を温めるセントラルヒーティングが導入され、二重窓などの開口計画が快適な温熱環境をつくり出していました。



これは暮らしやすさはもちろん、現代の課題であるエネルギー消費の削減や環境配慮にもつながっています。ただ住民からは自然由来の害虫に対する悩みも聞かれました。そんな声が聞けるのも、このイベントならでは、ですね。

「シンプルな器」としてデザインされた住まい
外観はレンガと漆喰の落ち着いた雰囲気で、室内は白い塗り壁と無垢材の床を基調とした空間です。そのシンプルさゆえに、住人の個性が自由に反映される余白が残されています。

部分的にリフォームしている人もいれば、インテリアを整えてAirbnbとして貸す人、セルフリノベでまったく別の空間につくり替えている人もいました。ただ、すべての空間の根底には1930年代から色あせないアアルト流のデザイン思想が息づいており、住人が個々の解釈でそれを生かしながら楽しんでいる、といった印象を強く受けました。



日本であれば「歴史的価値のある建物だから」と、何かしらの制限や制約が設けられそうですが、ここでは、居住者の意思で自由度高く手を加えることが良しとされています。この点がとても、フィンランドの人々の精神性と合致しているように思いました。あくまでも建築物は「器」であり、主体は「住人」。今の住まい手の暮らしの心地よさを重視するこの国らしさが表れていました。

「地域の資源」としての価値
この住宅群は単に人が住む場であるだけでなく、地域の文化的な価値を高める存在となっています。記事の冒頭でも触れましたが、築90年になる工場長の邸宅「Kantola」は、普段は博物館として公開されています。建築そのものが観光資源となり、アアルト遺産の一部として街を支えています。

また15棟を超える他の集合住宅群のなかには、airbnbなどで貸し出されている物件もあり、「アアルト建築に宿泊できる」という新たな価値も生み出しています。集合住宅という日本でもなじみのあるサイズ感の部屋での宿泊体験は、他の場所ではなかなか実現できないため、フィンランド国内はもとより、世界の建築関係者からも人気を集めているそうです。

社宅から始まった建物が、いまや外部の人々にも開かれ、多様な暮らしを受け入れる仕組みへと転じています。その結果、コトカの街の消費が生み出されるという「地域でお金を生む資源」としての役割も担っています。
「リアルな暮らし」を見られる楽しさ
最後に強く心に残ったのは、アアルト建築で暮らす人々のリアルな生活が見られたことです。美術館のように保存された無人の建築ではなく、そこに住む人の「色」がそのまま表れている、今なお現役の空間を見られたのがとにかく楽しくて。15軒それぞれに施主の明確なこだわりがあり、なぜここに住むのか(泊まるのか)という理由が手に取るように分かるのです。




全員が「自分が何を好きか」の基準を持っていて、それを自身の手法で表現しています。その姿勢が僕のような来訪者の感性を刺激し、新たなインスピレーションにつながっていきます。
実際に、一緒に行った友人夫婦は、見学の最初のほうは漠然とした感想しか持っていなかったのが、見学を重ねるごとに「この光の入り方が心地いい」「この色づかいが独特でおもしろい」と空間の印象や好きなところ、興味を持ったことを具体的に語るようになっていきました。

アルヴァ・アアルトのデザインという枠のなかで、自由にのびのびと「好き」を表現した生の暮らしを見る体験が、人に気づきを与え、眠っていた感覚を呼び起こす刺激になったのだろうと感じます。
おわりに
今回の見学で改めて感じたのは、家は建てた瞬間が完成形ではなく、時間とともに姿を変えていく存在だということです。
そして「器」としてのベースがしっかりとデザインされて、それ自体の価値が認められたものであれば、100年近く経ってもその時々の住まい手が心地よくいられる暮らしの場になる、ということもよく理解できました。

チケットは数量限定で、年に1度だけの開催ですが、興味があってタイミングが合う方は、ぜひ参加してみると、きっといろいろな発見があると思います!
Related articles関連記事
使いやすいキッチンの「奥行き」の最適解とは?

























