現地を見て知る、街の風景の育て方。住民と小田急電鉄が紡ぐ「支援型開発」の現在地

公開日:2026.7.13 最終更新日時:2026.7.13

各地域で魅力的な「まち」を目指す取り組みを紹介。まちの魅力向上をエリアの価値向上につなげるヒントをひもときます。

前回の記事では、小田急電鉄が推進する「下北線路街」の根底にある支援型開発(サーバント・デベロップメント)の思想について、担当の立山仁章さんにお話をうかがいました。デベロッパーが主役ではなく黒子に徹し、地域のプレイヤーの活動を支援するという新しいまちづくりの形。今回は、Replan編集部が実際に下北沢エリアの現場を歩き、その空間がどのように運営され、街の風景として息づいているのかを体感した視察の様子をレポートします。

対話から生まれた方針転換と構造の制約

視察はまず、小田急電鉄のプロジェクト担当者である立山さんによるレクチャーからスタートしました。世田谷代田駅から東北沢駅までの全長約1.7kmに及ぶ線路跡地を巡っては、かつて紆余曲折があったといいます。

2013年に小田急線が地下化された段階では、同年に跡地活用のゾーニング構想が発表されたものの、まだ具体的な計画は示されていませんでした。また、行政による幹線道路の計画に対して、地域住民や商店街からは、非常に強い反対運動が起こっていました。

大きな転換点となったのは2017年です。世田谷区長の発案によって議論の場が設けられ、それを機に小田急電鉄は「街の方々の声を聞くこと、対話することを大切にする」という姿勢を強く意識した取り組みにかじを切りました。それを受けて「北沢デザイン会議」が開催されるようになり、地域住民や商店街、さらには地域外で活動するプレイヤーを交えた対話が、何度も積み重ねられました。

東北沢-下北沢-世田谷代田駅の3駅間・約1.7kmに及ぶ、線路跡地の開発

その年に計画が一度見直され、地域との対話を重ねた末、2019年9月にようやく計画概要が発表されました。東北沢駅、下北沢駅、世田谷代田駅のそれぞれの周辺には、独自の文化が根付いています。地域との対話を重ねる中で 「私たちが何か大きなものを一方通行的につくるというよりは、地域の人がやりたいことを後押しするべきだ」という考え方が生まれたといいます。さらに、線路跡地の下には地下化した鉄道インフラがあり、構造上からも大規模建築には制約があります。地域特性と物理的条件の双方を踏まえた結果、「下北線路街」の計画は固められたのです。

環境と共生する広場群とボーナストラックの空間設計【下北沢〜世田谷代田】

レクチャーを終え、一行は下北沢駅の南西口から世田谷代田駅方面へと歩みを進めました。まず目の前に現れたのは、公共緑地「シモキタのはら広場」です。約700平方メートルのこの広場は、開発のプロセスそのものが「支援型開発」を象徴する、分かりやすい例の一つです。

当初、この場所には大規模な駐輪場と、駅直結の大規模な立体緑地が計画されていました。しかし、立体化することへの反対意見は多く、また地域住民からは「シモキタには圧倒的に街に緑や広場が足りない。緑豊かな小さな広場をつくってほしい」という切実な声が多く寄せられ、代案としてこの広場が提示されたのです。

森のように草木が茂る「のはら広場」

これを受けた小田急電鉄と世田谷区は、住民との協議を重ねてインフラ計画を大幅に縮小。更地に種をまくところからスタートし、草花や樹木、虫たちが共生する“都会の原っぱ”を実現させました。画一的な公園とは異なり、雑草すらも種類ごとの個性を知りながら選別して除草するという丁寧な手入れが施されており、環境省の「自然共生サイト」にも認定されています。

のはら広場の横を通り、雨庭公園へ足を進める視察スタッフたち

のはら広場を抜けると、続いて見えてくるのが「世田谷区立シモキタ雨庭広場(雨庭公園)」。この広場は、世田谷区が整備したグリーンインフラ施設としての役割を持っています。「雨庭(レインガーデン)」と呼ばれるくぼ地状の植栽帯は、都市型水害を回避するため周囲に降った雨水を一時的に貯留し、時間をかけてゆっくりと地下へ浸透させる構造になっています。ただの通路になりがちな跡地を、環境配慮と住民の憩いを兼ね備えたオアシスへと昇華させたのです。なお、これらの緑地一帯の持続可能な管理・ケアを担っているのが、のちに話題にのぼる市民団体「シモキタ園藝部」です。

この瑞々しい雨庭を通り抜けた先に、木造の温かみのある建物群が並ぶ「BONUS TRACK(ボーナストラック)」が現れます。2020年のコロナ禍の最中に開業したこの施設は、散歩社と共同で運営されています。当時、街の人気向上とともに地価や賃料が上昇し、個人が新たに挑戦するハードルが上がっている状況にありました。そこで、住居付き店舗を設け、個人店主でもチャレンジしやすい環境が整えられました。下北沢らしい文化・魅力を未来につなぐ取り組みです。

驚かされたのは、ここでの商業施設としての管理手法です。運営側がガチガチにルールを決めて管理するのではなく、テナント自身が主体的に周囲の清掃や運営に加わるという、自主性を重んじるスタイルがとられています。敷地内を歩くと、あえて用途を限定しない広場や中庭などの「余白」が意図的に配置されていることに気づきます。視察に同行したスタッフからも「意図的に設けられた余白が、人の滞留を生む設計になっている」との声が上がりました。開業当初は緊急事態宣言下という不穏な時期でしたが、地元の住民が家の近くで買い物をする場所として積極的に活用し始め、今ではすっかりコミュニティーの日常に溶け込んでいます。採算が成立するギリギリのラインを狙って設計された木造のヒューマンスケールな空間は、ただの「消費の場」ではなく、暮らしを豊かにする場として機能していました。

コミュニティーが自走する仕組み【東北沢〜下北沢】

世田谷代田駅での視察を終えた後、一行は小田急線に乗って東北沢駅へと移動。今度は東北沢駅から下北沢駅へ向かって歩きます。下北沢エリアを挟んで東西に広がる線路街は、駅ごとにまったく異なる表情を見せてくれます。

東北沢側に降り立つと、より緑豊かで落ち着いた空間が広がります。ここでも目を引くのが、地域住民を中心に結成され、現在は法人化して小田急電鉄と連携している「シモキタ園藝部」の活動です。彼らは小田急電鉄から緑地の管理を委託されつつ、日々のメンテナンスに加え、緑化活動や地域コミュニティーの創出を担っています。現在の会員は約250名にものぼり、運営する「落ち葉拾いリレー」や「ハーブ摘みの会」などのイベントには、地域住民や親子連れも多く参加し、園芸文化を伝える場としてにぎわっています。まさに、住民が主役となって街の循環を自走させている好例といえます。

東北沢駅と下北沢駅の中間に位置する、個店が集まる商業施設「reload(リロード)」は、「店主の顔が見える空間づくり」をテーマに24区画で構成されています。ここでしばしの休憩となった視察中のスタッフも、コーヒーを飲んだり、セレクトショップでお土産を選んだりと思い思いの時間を過ごしました。当初の目論見どおり、ゆとりを持って楽しみたい層から注目を集めています。

reloadの2階テラス

さらに下北沢駅方面へ歩くと、2019年9月に開業した広場「下北線路街 空き地」に到着します。当初は道路整備の状況もあり、2年間限定の暫定的な利用空間として計画されていましたが、シェアキッチンや常設キッチン、ステージを活用した地域とのコラボイベントが継続して根付いていることと、現在の道路整備の状況も踏まえて、今もなお暫定的な活用が継続されています。

空き地の雰囲気を楽しみながら立山さんの話に耳を傾ける視察スタッフ

地域プレイヤーが「まちを守る存在」になるために

今回現地で体感し改めて実感したのは、「小さなスケール感の積み重ね」でまちは生かされ成長するのだということです。「開発とは大規模なもので、鉄道会社のようなビッグネームにしかできない」という固定概念を捨て、一つひとつの試作や住民との対話を積み上げていく手法は、工務店をはじめとしたその地域で生き残りを図ろうとするプレイヤーにこそ、極めて現実的なロールモデルとして応用できるはずです。

(tefu)loungeから世田谷代田方向を見る

単に「家を建てて守る(家守り)」という従来の枠組みを超え、空き家問題の解消や地域の公共緑地・公園の管理にまで主体的に関わる「街を見守る存在(街守り・地域守り)」への役割の拡張が今求められているのではないでしょうか。本業とかけ離れた事業拡大ではなく、地域住民の暮らしの背景そのものを守る黒子となること。そのような責任感を持った会社が各エリアに1社でも存在し、地域に根ざし続けること自体が、結果としてその土地の文化や暮らしの豊かさを残していくことにつながります。

「つくって終わりではなく、つくってからがスタートである」という小田急電鉄の長期的な覚悟と目線は、地域密着を掲げるすべての地域工務店が今まさに持つべきマインドセットです。自社内の利益を確保するブランディングを確立したうえで、まちづくりのフェーズへとシフトしていく。この視察で得た生きた知見は、暗い空気が漂いがちな住宅業界の未来を、足元から照らす大きな光となるに違いありません。

取材協力 小田急電鉄株式会社

(取材・文:Replan編集部)

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