雑誌やインターネット、モデルハウスにオープンハウス…。家づくりの情報収集にはさまざまな方法がありますが、住空間のデザインの魅力はそこに暮らしてこそ、感じ取ることができます。近年、各地に増えてきた「暮らすように泊まる」ホテルの中には、リノベーションで実現した快適空間を体感できる施設も多くあります。

北海道旭川市から北上すること約100km。幹線道路沿いに雪原と小高い山並みを望む静かな町に2019年、石煉瓦造りの古い家をリノベーションした小さなホテルがオープンしました。築70年ほど経っている建物が、自然の中にひっそりと佇む灯火のような趣ある宿に生まれ変わったのです。

グレーの石煉瓦壁がイメージのきっかけに

「TOURIST HOME & LIBRARY 青い星通信社」のオーナー 星野智之さんは元雑誌編集者で、このホテルを営むために東京から移住してきました。「ホテルをつくろうと考え始めたものの、建物の外壁のイメージが全く浮かばず、先に進めなかった」という星野さんが人づてに紹介されたのが、美深町が所有していた石煉瓦造りの古い2棟の家屋でした。70年近く前に警察の官舎として建てられたもので、住人が去ってから南棟は地域住民の集会所として使われ、北棟は足を踏み入れるのも憚られる廃屋と化していたそう。

赤煉瓦とは異なる、青みを帯びたグレー色の石のような煉瓦積みの外壁に目を奪われた星野さん。「これまでに見たことのないテクスチャーで、瞬時にホテルのイメージがはっきりしました」と、町から土地と建物を購入しリノベーションでのホテルづくりを決めました。重視したのは「石煉瓦の素材感を生かす設計」。内側に露出した石煉瓦壁は、工事の過程で偶然発見されたものでしたが、インテリアにとりいれたことで、新築ではつくり出せない趣が生まれました。

美深町は、冬はマイナス20℃近くにもなる寒さの厳しい地域。外観デザインに配慮しながら、壁・屋根・床下の各所に断熱を施し、窓は高性能樹脂サッシに取り替えるなど、性能向上することで快適に過ごせる建物となりました。暖房は、北棟は薪ストーブ1台、南棟は各部屋にパネルヒーターを1〜2台ずつ設置したのみですが、十分な暖かさが保たれています。

それぞれの「特別」を求めて、全国から訪れる宿泊客

美深町は、村上春樹の小説『羊をめぐる冒険』に出てくる十二滝町のモデルともいわれています。日本海へ注ぐ天塩川と、旭川ー稚内間を結ぶ宗谷本線に挟まれた立地でもあることから星野さんは「宿泊客は、村上春樹好き・釣り好き・鉄道好きのいずれか」と考えていましたが、今のところ一番多いのは「建築好き」のお客さんだそう。この建物を見るためにホテルに滞在し、建築談義に花を咲かせているといいます。

客室、ライブラリーラウンジともテレビは置かれておらず、静けさの中に木々の枝の鳴る音やささやき合う鳥の声、ときおり通過する列車の音が心地よく響きます。一面緑に染まる自然の中で釣りを楽しむ人、窓からの緑を眺めつつライブラリーの蔵書を読み耽る人、静かな客室のワークスペースにパソコンを持ち込んで仕事をする人、雪に閉ざされた冬の深夜にラッセル車の写真を撮る人…。宿泊する人それぞれにとっての「特別な時間」を、この静かな宿は提供してくれます。

→「TOURIST HOME & LIBRARY 青い星通信社」へのアクセス

Idea.1 石煉瓦壁と木の融合

開業以来、各メディアで話題になったこともあり、この建物に興味を持って足を運ぶ建築マニアのお客さんも多いとのこと。他所では見かけない石煉瓦のグレーの質感と、美深町産の木でできた内部空間の融合が見られるのは、リノベーションのホテルならでは。石煉瓦壁、煙突の煉瓦、古材を使ったドアなど、素材の組み合わせのアイデアも得られそうです。

Idea.2 くつろぎのライブラリースペース

「壁一面を本棚にしたかった」と言う星野さんのこだわりの蔵書が並ぶブックライブラリー。ソファスペース、石煉瓦壁に囲まれた書斎コーナー、広いダイニングスペース。どこで時間を過ごすかは宿泊する人の自由です。自分にとって居心地の良い場所を見つけてゆっくり時間を過ごすことで、自分の家や部屋に求めるものが分かってくるかもしれません。

Idea.3 部屋ごとに異なる設えと景色

2人掛けのソファがあり、部屋でも座ってくつろぎながら本を読みたい人に人気の「水脈(みお)」、ワークスペースとしても使えるカウンターを設けた「火影(ほかげ)」、客室では唯一窓から宗谷本線を眺めることができる「風笛(かざぶえ)」。3室ある客室はすべて異なる間取りとなっているため、好みやその時の気分で部屋を予約する楽しみもあります。

 

TOURIST HOME & LIBRARY 青い星通信社

所在地:北海道中川郡美深町紋穂内108番地
URL:http://aoihoshi.co.jp/