建物の性能、設備を十分に整えたつもりでも、人によって感じる「暑さ」「寒さ」には、個人差があります。さまざまな地域から、思い思いにドレスアップした人々が訪れるレストランであればなおのこと。
 
そこで今回は、誰もが心地よく感じられる空間を実現した札幌のイタリアンレストラン「TAKAO」を訪問。オーナーシェフの高尾僚将(ともゆき)さんと、温熱環境の改善に携わったピーエス株式会社の企画開発・営業リーダーの弘田七重さんにお話をうかがいました。

エアコンだけでは解決しない
暑いか?寒いか?の問題

北海道の森の恵みを生かした料理の数々で、首都圏や海外の美食家からも注目される札幌の「TAKAO」。大開口越しに坪庭を望む隠れ家のようなレストランはオーナーシェフ、高尾さんの自宅をイメージ。札幌の設計事務所、(株)中山眞琴アーキテクツがデザインを手がけました。2015年の開店以来、高尾さんは森の食材研究とともに、より居心地の良い店づくりにも取り組んできました。ところが、サービスやインテリアをレベルアップしていっても、解決できなかった問題がありました。

「オープン時に採用したエアコンの暖冷房では、予約状況に応じて変わるテーブル配置で、テーブルごとに寒暖の差ができてしまうんです。特に窓際の席は、ガラス越しに伝わる冷気で足元が寒くなりました。オープンキッチンなので、それがいつも気になって、ホールに目が行ってしまい、ストレスを感じるまでになりました」。

振り返って語る高尾さんは、この店を開く前、同じ場所に建っていた築40年の建物の1階で小さなレストランを経営していました。老朽化が進んでいた建物は冬の寒さが厳しく、その解決策を店舗の温熱環境の設計も手がけていたピーエスに相談。新たにパネルヒータを採用することで冬の寒さが改善されました。「新築の建物なら性能もアップしているから、エアコンだけで十分と思ったのが間違いでした。試行錯誤しているうちにふと、当時の心地よさを思い出し、もう一度ピーエスさんに相談してみよう、そう思いました」。

建築空間にも、五感にも
自然になじむ温もりを

高尾さんからの相談を受けて、弘田さんは綿密な現地調査を行い、エアコンとの併用を前提に壁付けのパネルヒータの設置を提案しました。「テーブル配置が換わっても、どの席にもまんべんなく暖かさが届くように、お客様の背面となりやすい壁に設置するプランをお勧めしました。既存の建築の雰囲気を壊さぬよう、空間になじむ場所、ヒータの大きさにも気を配りました」と、弘田さんは話します。

2021年10月、大開口の両脇の壁に同色のパネルヒータが設置されました。「あえて隠さずに壁付けにしたことで、空間に温かみまで演出されたように感じました。建築家の建物を多く手がけてきたことで培われたセンスの良さも改めて感じました」と、高尾さんは話します。

パネルヒータの設置後は、弘田さんの提案で「営業を終え帰宅するときに設定温度を低くし、翌日仕込みを始めるのと同時に温度を上げて店内を暖める」のが、高尾さんの日々の習慣になりました。設定温度は低くても、夜通し床や壁、天井が暖められることで、開店以来、悩みの種だった店内の温度ムラも解決しました。「陽の光のように優しい温もりは、どこか懐かしい感じがして落ち着きます。お客様が席に着いてから最後のデザートまで約3時間、居心地の良さを保てるのが嬉しいですね。暖房を意識させない自然な温もりも、うちの料理の一部になったような気がします」と、高尾さんは満足そうに話してくれました。

設置しておしまいにしない
つながりと対話を大切に

温熱環境の改善で、想定外の嬉しいおまけもありました。厳冬期も店内が冷え切ることがないので、既存のエアコン暖房の運転は最小限で済むようになり、暖房のランニングコストが下がったといいます。その一方で、パネルヒータを使用しない季節の変わり目の湿度が気になるようになったといいます。「オープンキッチンの短所でもあるんですが、パスタを茹でる鍋の湿気がホールにも流れ、秋でも湿度は70から80%まで上がります。湿度のコントロールが最近、気になり始めました」。

そう語る高尾さんに、弘田さんは「温度と湿度は非常に密接な関係があって、室温が1℃上がると湿度は3から4%下がります。この原理を利用して、ラジエータ(パネルヒータ)の熱を使って除湿する方法もあるので、お試しください」とアドバイス。パネルヒータの熱で湿度を下げるドライウォールという使い方は、チーズ工房で洗ったチーズクロスを乾かす際にも利用されています。

「パネルヒータって、乾かす目的でも使えるんですね。設置した後もつながりがあって、新たな学びやフィードバックがあるのも、助かります。料理人も皿を出しておしまいではだめですね。見習わなくちゃいけません」と高尾さん。

「ピーエスの暖房はすべてオーダーメイド。機器を提供した後の使い方や使用感をお客様と共有することを心がけています。コミュニケーションを大切にすることで、私たちのモノづくりもより良く進化させていけると考えています」と、高野さんの笑顔に応えるように弘田さんは話してくれました。

(文/Replan編集部)

取材協力/ピーエス株式会社TAKAO