「災害に備える」(1/3)

今住んでいる家は大地震に耐えるだろうか

私たちが今住んでいる家のほとんどは、昭和40年代以降の家です。1973年(昭和48年)に戦後の住宅建設戸数はピークを迎え、その後石油危機で落ち込みますが、回復し昭和60年代まで、大量の住宅が建てられました。戸建て住宅は現在の2倍以上のペースが続いたのです。この中で、1980年(昭和55年)に住宅の耐震性能に関して、建築基準法の大きな改正がありました。

在来木造住宅は、地震で倒壊しないように筋交いを入れることは、よく知られています。この筋交いの入る壁を耐力壁といいますが、この耐力壁の平面図での延べ長さを大幅に増やし、さらに筋交い・柱と土台や桁との接合部についても強化する改正が行われたのです(表1)。この時の基準を新耐震基準と呼んでいます。この基準が当時の金融公庫の仕様書に反映されたのは1982年(昭和57年度)からですが、この基準はこの仕様書以外ではほとんど周知されませんでした。

表1 在来木造住宅の耐震基準の変遷
表1 在来木造住宅の耐震基準の変遷

その後、1995年(平成7年)1月に阪神・淡路大震災が起こり、多くの住宅が倒壊しましたが、国は災害調査報告で、この新耐震基準に適合する住宅、即ち建築確認申請を取って普通に建てられた住宅に、大きな被害がなかったとして、この基準が有効だったとしました。その後、建築基準法は2000年(平成12年)に大改正が行われましたが、木造住宅については耐力壁をバランス良く配置するなどの軽い改正にとどめました。

したがって、木造住宅はこの新耐震基準以前の住宅には耐震改修が必要とし、いろいろな補助金も実施され、一方新耐震基準移行の住宅、すなわち1982年以降に確認申請を取得した住宅は安全だという建前から、補助金の対象になりませんでした。そして、新耐震基準以前の住宅の耐震改修は難しくお金もかかるためか、ほとんど進んでいません。

確認申請は取れていてもどう施工されたかが問題

みなさんの家の建設年次はいつですか。1982年(昭和57年度)以降で安心するのはまだ早いです。きちんとした工務店の施工でも2000年(平成12年)までは安心できないのです。

筋交いは、地震の力で家が倒れないように、突っ支い棒をしているのです。図1の右上図がそうです。地震の力で右方向に押されたとき、筋交いは突っ張って支えてくれます。しかし、左上図の方向から力が働くと、釘で留められている程度の筋交いは、外れて役割を果たしません。昔の大工さんは、必ず下の図のように向きの違う筋交いを組み合わせて施工していました。地震の力は振動ですから左右に繰り返し、それにどちらかの筋交いが効くようにしていたのです。つまり、筋交いは半分しか効かないものだったのです。

図1 筋交い・柱と土台・桁との接合部強化の意味
図1 筋交い・柱と土台・桁との接合部強化の意味

これを新耐震基準では、筋交いの端部に金物を使って引っ張られたときも効くように施工することとしました。これで筋交いは両方向に効くようになりました。筋交い一箇所当たり2倍効くようになり、耐力壁量が1.5倍に改正されましたから、新耐震基準は、耐力壁の量を3倍にしていることになります。

この金物が使われているかどうかが問題なのです。阪神・淡路大震災で倒壊しなかった住宅はこのような施工が行われていた住宅です。しかし同じ時期に建設された住宅で倒壊した住宅もとても多くありました。国は、「そのような建物は基準を満たしていなかった」で終わりです。金物施工がどのくらい普及していたかについては言及しなかったのです。この普及率はかなり低いまま推移したと私は考えています。半分よりかなり少ないと思います。2000年(平成12年)の基準法大改正で、この金物仕様は明確に条文化され、審査も厳しく、現場検査も導入されました。その結果、この金物の出荷量が急激に増えたそうです。いかにそれまで使われていなかったかということを示しています。

つまり、この時期に建設されたみなさんの住宅も、筋交いの量が基準法を満たしているかと同時に、この金物が使われていたかどうかを確認する必要があります。私の経験ではこの時期の住宅を改修して、全てで金物は使われていませんでした。逆に言うと、こうした住宅は、金物で補強するだけで耐震性は十分になるのです。次に述べる断熱改修時に、金物を使わず合板を張ることで補強する工法も開発しました(図2)。

図2 改修工法での接合部強化工法
図2 改修工法での接合部強化工法