いごこちの科学 NEXT ハウス

さらなる省エネ・省CO2が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。
「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻・准教授 前 真之 (まえ・まさゆき)東京大学大学院工学系研究科
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)


2018年の夏は、地震や台風の被害が特に多かったように感じられます。不幸にも災害に遭われた方々は本当にお気の毒でした。災害はその瞬間の被害だけでなく、その後に続く停電などのエネルギー供給も大問題になります。今回はいつもと趣向を変えて、非常時のエネルギーを考えてみましょう。

非常時のエネルギーをどう確保するか

2018年の夏に頻発した台風や地震は、我々日本人が常に自然災害の脅威にさらされていることを強く再認識させることになりました。さらに、自然災害の後に続いた停電や断水などのインフラの途絶がいかに被災した人たちを苦しめるか、目の当たりにしたのです。

北海道胆振東部地震に続いた北海道全域の大停電は、日本のエネルギーの歴史の中でも特筆すべき事態となってしまいました。エネルギー供給の途絶がどれだけ人々の生活を根底からゆさぶるものか、再度認識せざるを得ません。被害を受けられた方々は、本当に大変だったと思います。

安定したエネルギー供給に慣れている我々にとって、特に重要な電力が数日にわたり供給されない事態に備えることは、容易ではありません。実際問題として、系統が停電した場合にも、普段と同じ暮らしができるレベルまで備えるのはなかなか大変です。エネルギーを消費する用途についても、確実に維持すべき部分とそうでない部分を仕分ける必要が出てきます。

ワットアワー(Wh)はエネルギーの量

外部からのエネルギー供給が止まってしまった場合、手元にある電池や燃料など、貯めてあるエネルギーだけで当面はしのぐ必要があります。この貯められたエネルギーの量を表現するには、ジュール(J)またはワットアワー(Wh)の2つが用いられます(図1)。

図1 エネルギーの量を示す単位、J(ジュール)とWh(ワットアワー)

ジュールは石油やガスの熱量、ワットアワーは電気の量(電力量)を表すのによく用いられますが、同じエネルギー量の単位であり、簡単に換算することができます。

なお、食べ物の熱量を表すのによく使われるカロリー(cal)も同じエネルギー量の単位ですが、現在では利用は避けるべきとされ、ヨーロッパでは食べ物の熱量もジュール表記に移行しています。

本稿では、エネルギー量は全てワットアワー(Wh)で統一しました。この方が重要になる電気関係を理解しやすいと考えたからです。

ワット(W)は瞬間のエネルギー量

停電時に手元のモバイル電池から電気を取り出そうとしても、普段系統電力から送り込まれるパワフルな電力に比べれば、はるかに弱々しいパワーしか取り出せません。この瞬間ごとのパワーの程度を表すのが仕事率です。1秒あたりの1ジュール(J)の仕事率がワット(W)になります。

機器の電力消費のワットが大きいということは、1秒間に消費するエネルギー量が大きいということですから、供給側がパワフルでないと追いつきません。停電時に利用できるモバイルバッテリーなどは小さなワットしか取り出せないため、ワットの小さいローパワーな機器しか動かすことができない、ということになります。

ワットを1時間供給できるエネルギー量がワットアワー

非常用電池からの電気でテレビを見ることを考えます。テレビの消費電力が100ワットとすると、1時間テレビを見るためにはどれだけの容量の電池が必要になるのでしょうか。

仕事率1ワットを1時間を続けた場合のエネルギー量は文字通り、ワットアワー(Wh)になります。100ワットを1時間見るためには、100W×1h=100Wh以上のエネルギーを貯められる電池が必要になる計算です。

非常時に対応した電池を選ぶ場合には、使いたい機器を動かすのに必要なワットを出力できるアウトプット能力を持っていること、必要な時間だけ給電できるだけのワットアワーの電力量を貯めておけること、の両方を考えておく必要があります。ワットとワットアワー、このパワーと量の関係を覚えておくと「使う」「貯める」のエネルギーの問題が理解しやすくなります。

用途もいろいろ、ワットもいろいろ

電気・ガスがふんだんに供給されている普段の生活では、我々はワットの制約を気にすることなく、さまざまな用途にエネルギーを消費しています。しかし非常時に供給されるエネルギーが限られた状況では、不要不急の大きなワットの用途はあきらめ、重要かつ小さなワットで賄える用途を優先することになります。

図2に、用途ごとのワットを整理しました。一目見ても、千倍・万倍のオーダーで差があることが分かります。

図2 用途ごとの仕事率W(ワット)

災害時の情報確保のためにはスマートフォンが最重要アイテムですが、幸いにして充電に必要な電力は数ワットにすぎません。パソコンやテレビなどの情報家電も100ワット以下で大きな問題にはなりません。調理や洗濯などになると加熱やモーターが電気を消費するため、ワットが大きめになります。しかし、圧倒的に大きなワットが必要なのは、暖房と給湯なのです。

次のページ 非常時の暖房機器は燃料確保とワットから選ぶ