きっかけは、イギリスのデザインミュージアム

宮城県柴田郡川崎町。小川が流れ木々が立ち並ぶ、自然豊かで広い敷地の一角に昨年新たにオープンした「Numata(DESIGN+ART)Museum」は、仙台市で北欧ビンテージ家具・雑貨店「Chickadee&HOME」を営む沼田寛彦さんが長年収集してきたデザイナーズプロダクトを収蔵・展示している私設ミュージアムです。

Numata(DESIGN+ART)Museumのファサード。シンプルな白い三角屋根が目を引く
Numata(DESIGN+ART)Museumのファサード。シンプルな白い三角屋根が目を引く
デンマークのルイジアナ美術館などをモデルに、自然豊かな場所に建設。ここは仙台市内の自宅から30分ほどの距離でありながら、山も川もあって沼田さんにとってまさに理想の土地だった
デンマークのルイジアナ美術館などをモデルに、自然豊かな場所に建設。ここは仙台市内の自宅から30分ほどの距離でありながら、山も川もあって沼田さんにとってまさに理想の土地だった

沼田さんは、19歳のときにイギリスのデザインミュージアムを訪問。その存在に感銘を受け、いつか同じような施設を日本で実現する夢を抱きます。海外と関わる仕事に就きながら、北欧のビンテージ家具を本格的に集め始めたのは20代半ばのこと。

以来20年あまりをかけて沼田さんが欧米の各地から収集した、極めて希少性の高いビンテージ家具や照明、現代のモダンデザインのプロダクトやアート作品などの幅広い分野のコレクションを、このミュージアムでは間近に鑑賞することができます。

展示されている名作家具・インテリアは、
販売当時の状態に限りなく近い姿

館内の展示品はすべてオリジナルですが、どれもとても状態が良く、物によっては新品のような美しさです。その理由は、北欧のビンテージ家具の販売を生業の一つとする沼田さんが、長年をかけてチームで磨いてきた高度な家具の修復技術にあります。

Numata(DESIGN+ART)Museumオーナーの沼田寛彦さん
Numata(DESIGN+ART)Museumオーナーの沼田寛彦さん

「ものによりけりですけど、チェアやソファの座面であれば、できるだけ当時使われていた生地や釘・ネジ、最高峰のレザーなどを僕が現地で仕入れ、国家技能士検定1級を持っている張り替え師に当時の手法で再現してもらいます。木部については、チークとオークは全部僕が自分で修理メンテナンスしますし、塗装物であるローズウッドとマホガニーは、仙台箪笥の修復師の友人が専門的に手がけてくれています」と沼田さん。

買付時の状態が良い品のもありますが、「同じ素材感のものが手に入らない」、「特別な素材でできている」、「あえてそのままを残したほうがいい」などの事情がない限り、各分野の専門家の手で家具のダメージを修復しているそう。販売当時の状態に限りなく近い姿の家具を目の当たりにできるのは、このミュージアムの大きな魅力です。

1階は、デンマーク家具の名作コレクションを展示

延床面積が約400㎡と広いこのミュージアムは、展示スペースが1階と2階に分かれています。

1階に展示されているのは主に1940〜60年代のデンマークの家具です。「ハンス・ウェグナーやフィン・ユール、アルネ・ヤコブセンなど、デンマークを代表するデザイナーの家具を、各デザイナー特有の意匠性や師弟関係などが分かりやすいように工夫して、展示しています」と、沼田さんは空間構成の意図を説明します。

1階の展示スペースの様子。今ではもう入手自体が難しい名作家具が整然と並ぶ

ちなみに1階には、展示スペースを兼ねた広いイベントスペースもあります。沼田さんが「ここは『デザインミュージアム』なので、収集展示品は北欧のビンテージ家具には限りません」と話すように、ディーター・ラムスやアップルコンピュータ、ソニーといった1950〜70年代のモダンデザインのプロダクトや、杉本博司の「海景」など世界的アーティストの作品を見ることができます。

杉本博司の「海景」も
モダンデザインのプロダクトや杉本博司の「海景」をはじめとする世界的アーティストの現代アートも多数展示されている

注目ポイント1:ハンス・ウェグナー自邸のダイニングを再現

1階展示室の一角にディスプレイされているのは、ハンス・ウェグナー自邸のダイニング空間。ダイニングセットもペンダントライトも、すべてがオリジナルを用いて忠実に再現されています。

JH-756(ダイニングテーブル)、 JH-701(ダイニングチェア)、JH-604(ペンダントランプ)はすべて1950〜60年代につくられたオリジナルで、ハンス・ウェグナーによるデザインです。

ダイニングチェアは、もともとウェグナーが自邸のために設計したもの。ダイニングテーブルはエクステンション式で、木部にはマホガニー材が使われています。

JH-756(ダイニングテーブル)、 JH-701(ダイニングチェア)、JH-604(ペンダントランプ)はすべて1950〜60年代につくられたオリジナルで、ハンス・ウェグナーがデザインしたもの。ラグは、当時活躍した女性デザイナーのアナ・トーメセン作

壁面を彩るラグは、当時活躍した女性デザイナーのアナ・トーメセン(Anna Thommesen)による一点物です。アナ・トーメセンのラグは、フィン・ユールが自邸で床に敷いていたことでもよく知られています。

注目ポイント2:フィン・ユールの世界観

1階には、フィン・ユールがデザインした数々の家具を展示したスペースもあります。同じデザイナーのプロダクトでコーディネートされた空間から、そのデザインの世界観をより強く実感できます。

注目は「ポエトソファ」。これは、フィン・ユール自邸の暖炉の前に置かれている有名なソファです。ミュージアムで展示されているのは、オリジナルで特注版のスプリングクッションバージョンで、収集歴が長い沼田さんですら「ビンテージ市場でまだ2台しか見たことがない」という希少な品です。

フィン・ユールの自邸を紹介する本の表紙にも載っている
フィン・ユールの自邸を紹介する本の表紙にも載っている
沼田さんが現地を訪問したときに撮影した「ポエトソファ」の実物
沼田さんが現地を訪問したときに撮影した「ポエトソファ」の実物

2階の展示は、アルヴァ・アアルトの名作コレクション

2階に展示されているのは、主にフィンランドを代表するデザイナーのアルヴァ・アアルトが手がけた1930〜40年代の家具や照明のコレクションです。

「フィンランドは他にも有名なデザイナーがいるけど、やっぱり世界的には彼の知名度がずば抜けて高いし、家具と建築に長けているので、気づいたら個人のものとしては一番収集していました」という沼田さんの言葉そのままに、アアルトがデザインした多種多様な家具が2階のフロアを埋めています。

沼田さんは木部がナチュラルバーチのものを好んで収集していますが、アアルトの家具に関しては、その経年変化が魅力であり特長でもあるため、よほど傷んでいるもの以外はほとんど手を加えていません。

ここでは、アアルト夫妻が内装を手がけ、フィンランドの歴史と文化を象徴する場所とも言われるヘルシンキの「サヴォイレストラン」の特別室で実際に使われていたチェアや、アアルトのデザインを代表する「スツール60」の試作品など、非常に珍しい家具を間近に見ることができます。

「スツール60」の試作品
非常に珍しい「スツール60」の試作品
2階の壁面のショーケースの中には、イッタラ社のデザイナー、タピオ・ヴィルカラの作品を展示
2階の壁面のショーケースの中には、イッタラ社のデザイナー、タピオ・ヴィルカラのコレクション
ドイツのディーター・ラムズがデザインしたオーディオ機器
アアルトに混じって、ディーター・ラムズ(ドイツ)がデザインしたオーディオ機器も展示
2階の通路には、ロナルド・ジャッドのアート作品が飾られている
2階の通路には、ドナルド・ジャッドなどのアート作品が飾られている。この写真に写っているのは左から、ヴォルフガング・ライプ、ヴォルフガング・ティルマンス、ミリアム・カーンの作品

注目ポイント3:パイミオ・サナトリウムの家具コレクション

アアルトのデザインで広く知られている家具の一つ「パイミオチェア」。これは、もともと結核の療養所「パイミオ・サナトリウム」の患者用につくられました。座面の幅が広めで背もたれに角度があるのは、結核患者が座ったときに、胸を開いて呼吸しやすくするためです。

「パイミオチェア」はその後商品化され、今も現行品が販売されていますが、このミュージアムで見られるのはもちろん当時のオリジナル。しかも、当時の病室で使われていたワードローブやチェスト、手洗器など、商品化されていない家具のコレクションも充実していて、当時の病室の雰囲気をリアルに感じることができます。

建物に散りばめられた、名作建築へのオマージュ

住宅や店舗などの設計デザインも手がけている沼田さんは、世界各国を旅する中で数々の名建築や美術館などを訪問してきました。

その中で得たインスピレーションやアイデアが、ご自身で設計したミュージアムの建物の随所に散りばめられていて、特にアアルトやコルビュジエの建築や、ロバート・アーウィンの空間デザインなどのエッセンスを色濃く反映したといいます。

窓は、外の風景を採り込むピクチャーウィンドウになるよう配置やサイズが検討されている
窓は、外の風景を採り込むピクチャーウィンドウになるよう配置やサイズが検討されている

例えばエントランスまわりで参考にしたのは、アアルトのデザイン。ドアの前のグレーチングは、アアルトの自邸でも使われているアイデアです。

アアルト自邸の玄関前の床(写真 沼田さん提供)
アアルト自邸の玄関前の床(写真 沼田さん提供)
ミュージアムのエントランスの床
ミュージアムのエントランスの床

「雰囲気を重視するフィンランドなどの美術館や住宅はまわりが砂利や芝生のケースが多くて、アスファルトが少ないです。このグレーチングは靴裏の砂利や泥を落とすための工夫だけど、こういったところに北欧らしい実用的なテクニックとデザインの両立が垣間見えます」。

階段も、アアルトの建築で使われていた意匠に影響を受けたそう。踏み板と蹴上げの一部にバーチ材を用いているのが特徴です。

アアルト建築の階段(写真  沼田さん提供)
フィンランドにあるアアルト建築の階段(写真 沼田さん提供)
ミュージアムの階段
それに着想を得たミュージアムの階段
曲線を描く手すりのデザインは、イサム・ノグチ美術館の階段を参考にしたそう
曲線を描く手すりのデザインは、イサム・ノグチ美術館の階段を参考にしたそう

2階の展示室は、ロバート・アーウィンがデザインした空間芸術をオマージュして設計されています。縦長の窓をシンメトリーに配置。家具が置かれているので、下写真のロバート・アーウィンの空間と同じにはならないものの、光が射し込むと真っ白な室内に規則性のある美しい陰影が生まれます。

ロバート・アーウィンの空間芸術(写真 沼田さん提供)
それを再現した2階の展示スペース
それを再現した2階の展示スペース
真っ白い壁を等間隔にくり抜いたような縦長の窓が、規則的な陰影を生む

この建物の建築で一番苦労したのが、入り口のカウンターのアアルトタイルの壁。これは沼田さんがいつも訪ねているフィンランドの金物屋のカウンターの上にたまたま置かれているのを見つけて、130本ほどをすべて買い取ったのだそう。

問題はその重さでした。「1つ5kgくらいあって重すぎるのでなかなか固定できないんです。チームで工期のぎりぎりまで試行錯誤を続けてなんとか解決策を見い出しましたが、ここに張るだけで3日もかかりました」と沼田さんは笑います。

オリジナルのブルーのアアルトタイルが白の空間に映える
オリジナルのブルーのアアルトタイルが白の空間に映える
かまぼこ状で厚みのあるタイルの重さは1枚5kgほど
かまぼこ状で厚みのあるタイルは1枚5kgほどの重さ

館内は他にも建具やアアルトデザインのドアハンドルなど、海外でビンテージパーツを買い付けてくるなど、細部まで「本物」にこだわってつくられています。収蔵展示品はもちろん、訪問者は建物自体にも鑑賞の楽しみやアイデアを見つけることができます。

「N」のネオンサインは芸術家のダン・フレイヴィンによる蛍光灯を使ったアート作品にインスパイアされたもの。使用しているのは、蛍光灯に見えるLED
エントランスの外照明は
エントランスの外照明は、デンマークを代表する建築家のヴィルヘルム・ラウリッツェンがデザインしたブラケットランプ(ルイス・ポールセン)。これはコペンハーゲン国際空港でも使われている

世界的に貴重なコレクションを
恒久的に残すことを目指して

開館して半年ほどの間に、子どもからシニア世代まで全国各地から幅広い層の人たちがに来場しているNumata(DESIGN+ART)Museum。その中には美術・デザイン系の学校に通っている学生も多く、中には「物のデザインを考えるいい手助けになる」と、何度も通って熱心にプロダクトを観察する子もいるといいます。

「有名なデザイナーの企画展の開催地は大都市が多く、地方の学生たちが本物を見る機会がなかなかありません。この場所にある意義の一つは、地方に暮らしていても本物に触れられるという点。デザインに興味がある子どもたちにとって何かのきっかけになれば、と期待しています」。

「あと20年は収集を続けるでしょう」と話す沼田さんがミュージアム設立を通して目指すのは、新たな入手が限りなく困難な世界的に貴重なコレクションを、恒久的に維持管理して後世への資産として日本に残すこと。

今はデンマークやフィンランドの家具が主ですが、今後はドイツなど他の国々の家具も増えていく予定だそう。ここにしかない奇跡のような品々を間近で見られるこのミュージアムに、ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

<取材協力>
Numata(DESIGN+ART)Museum
https://ndam.jp

開館日:
金・土・日 10:00〜17:00
月・火・木 完全予約制
水 定休日