体温より高温の環境でも湿性放熱はできる

断熱されていない建物が、夏の日中に太陽に加熱されると、室内の気温や表面温度が非常に高温になり、平均体温の36℃を超える場合も珍しくありません(図3)。

図3 気温も表面温度も高い環境。唯一の放熱手段は汗による湿性放熱
断熱が著しく不足した小学校の最上階の教室の温熱環境です。屋根の日射熱がそのまま室内に流入するため、室内の空気や表面温度は体温より高温になっています。こうした高温環境では対流・放射による乾性放熱が機能しないため、汗の乾きによる湿性放熱が唯一の放熱手段です。汗で湿った着衣の表面温度は、「湿球温度」に近くなります。

こんな高温環境では対流放熱も放射放熱も機能しませんが、それでも人体がオーバーヒートしないのは、汗が乾いて熱を奪う湿性放熱が働いているからです。このように、水が蒸発して冷やせる温度の下限を「湿球温度」と呼びます。濡れた服の表面温度は湿球温度に近く、当然ながら気温より低温になります。

どこかで見た?湿球温度

汗の冷却効果も考慮した湿球温度は暑さの実感により近いとされ、海外では天気予報などで普通に扱われています。一方、日本ではあまり知られておらず、「聞いたこともない」人がほとんどでしょう。  

空気の湿度を計測するとき、現在ではセンサーで簡便に測れますが、以前は図4にあるような「乾湿計」を使うのが一般的でした。

図4 昔懐かしの乾湿計は湿球温度と乾球温度の差で湿度を推定する
簡便な湿度センサーが無かった時代には、2本の温度計を並べた乾湿計で湿度を類推していました。乾球温度と湿球温度の差が大きいほど乾燥、差が小さければ湿潤と判定することができます。温度計だけで湿度が分かるのは面白いですね。

皆さんは「2本セットになった温度計」を見た覚えがありませんか?この濡れたガーゼに覆われた方の温度こそ「湿球温度」。となりの「乾球温度」との差「乾湿示差」から、空気の乾燥度合いを知ることができるのです。  

空気が乾燥していると、水がどんどん蒸発・冷却するので湿球温度は乾球温度よりずっと低温になります。一方、空気が湿っていると水が蒸発しないので、湿球温度は乾球温度に近くなります。つまり乾湿示差が大きいと乾燥、小さいと湿潤と分かります。温度から湿度が分かるのは面白いですね。

日本の夏の蒸し暑さは、湿球温度でも世界最悪

湿球温度が低ければ「低温」または「乾燥」した環境なので、乾性放熱なり湿性放熱なりで放熱が順調に行えるため、人間は涼しく快適に過ごせます。気温が高くても湿球温度が低い「カラッ」とした環境であれば、汗がどんどん乾いて順調に放熱できるので人間にとって十分快適なのです。反対に湿球温度が高ければ「高温」「湿潤」の環境なので、蒸し暑いということになります。温度と湿度を一つの数字で扱える湿球温度は、暑さを説明するのに便利な指標なのです。  

では湿球温度で、日本各地と外国の暑さを比較してみましょう。図5に示すように、日本各地の湿球温度は高く、札幌でも19.8℃、温暖地では軒並み25℃を超えています。

図5 日本の蒸し暑さは世界最悪!?
湿球温度なら、温度と湿度の両方をひとつの温度で表せて便利です。
湿球温度で日本と世界の夏を比較してみると、日本は飛び抜けて高温多湿であることが分かります。日本の夏は、欧米はもとより砂漠より暑く、熱帯雨林気候並みの厳しさなのです。

一方、海外では、砂漠のど真ん中にあるサウジアラビアのリヤドでも、湿球温度は16.5℃しかありません。気温は高いですが湿度が10%しかない、究極の「カラッ」とした環境なので、意外と過ごしやすいのです。パリ・ローマ・ニューヨークともに湿球温度は20℃以下で日本よりずっと過ごしやすく、熱帯雨林気候のシンガポールがようやく日本と同じくらい。日本の夏は世界でもトップレベルの蒸し暑さなのです。

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