アアルトのサマーコテージ「ムーラツァロの実験住宅」を見学してきました。
フィンランド滞在中のReplanスタッフがお届けする、北欧の暮らしや建築のこと。
目次
ヘルシンキから車で北上すること約3時間。アルヴァ・アアルトが生まれたフィンランドの中核都市ユヴァスキュラから車で30分ほど南下したところにある「ムーラツァロ島」に、彼が後年手がけた実験住宅(Alvar Aalto Experimental House)があります。
1950年代に建設されたこの住宅は、家族のサマーコテージであるとともに、アアルトと後妻エリッサにとっては「素材・構法・空間の試行錯誤を詰め込んだ」設計デザインの実験の場でもありました。
訪問したのは8月上旬。サマーコテージで友人たちと「フィンランドの夏」を満喫した帰り道で、急遽フィンランド語の現地ツアーを予約して参加しました。このパターンは初めてでしたが、フィンランド人の友人と翻訳アプリのおかげで、普段以上に精度高く情報が得られた気がします。アアルト自体にそこまで詳しくない友人からリアルな声や感想を直接聞けたのも貴重でした。今回はそのようにして現地で得た情報と、僕自身の感想をご紹介したいと思います!
「ムーラツァロの実験住宅」とは
たまたまアアルトが周辺を船で巡っていた際に、「ここだ!」と一目ぼれしたのが、このムーラツァロ島。偶然にも友人が経営する不動産会社が土地を扱っていて、すぐに購入に至ったそうです。当時は道路がなく、アクセス方法はもっぱら船。岩からの湖の景色は絶景で、彼が別荘としてここを選ぶ理由が分かる気がしました。
現在は道路からアクセスでき、駐車場から針葉樹と広葉樹が混ざる気持ちがいい森の小径を5分ほど歩くアプローチになっています(アアルト一族だけは、現在もボートでの上陸が可)。8月上旬の森は涼しく、ちょっとしたハイキング気分を味わえておすすめです。
ここは基本的にはアアルト一家のサマーコテージですが、「実験住宅」の名のとおり、建物全体がアアルトの設計上の実験の舞台というだけあって、アアルト建築の特長が空間のいたるところに組み込まれています。屋外にも彼が持ち込んだ植物が植えられ(現存は一部)、室内外を問わずに自然との関係性が意識されていることが実感できました。
この実験住宅の、個人的な注目ポイント
アアルト好きの僕が感じた、この建物の注目ポイントを5つご紹介します。
① 暮らしと自然が一体化する動線設計
湖からボートで上陸し、住宅を通って森へ抜けるという動線を前提に、室内外の空間がシームレスに配置されています。
傾斜地であることで生まれたレベル差は、視線の抜けや採光に巧みに生かされています。屋外から室内、中庭へと移動すると、光・風・視界が段階的に変化して、ただそこで暮らすだけでナチュラルに気持ちよく自然が感じられます。
② 空間構成と光の操作
天井に高低差をつけることで、空間の広がりと親密さを場面ごとに切り替える工夫がなされています。居間では開放感、寝室では落ち着きが設計によってデザインされていました。この手法は後年の「アアルトスタジオ」や複数のヴィラに引き継がれる重要なエッセンスのひとつでもあります。
屋内は白の塗り壁で仕上げられています。日が長い夏は自然光で室内の明るさを保ち、日が暮れても間接照明による最低限の光で、心地よい空間を演出できます。
③ 素材とディテールの実験
床材は、基本的には長尺板とパーケットを組み合わせ、異素材の境目にラグを配置するなど、人の動線や滞留を意識した素材・アイテムが選ばれていることが感じられます。


中庭や外壁には、50種類以上(!)のレンガやタイルを使い、積み方・形状・着色方法を比較検証。セラミックの着色や大理石との組み合わせなども試され、後のフィンランディアホールなどで応用して使われたそうです。


屋根材や屋根の意匠にも、実験的な試みが。端部に瓦、中央部にアスファルトシングルに近い素材を用いて、コスト・雪荷重・意匠性のバランスを図っています。横から見たときのプロポーションの美しさも計算済み。

④ 色彩計画とインテリア
白を基調とした空間に、彩度の高い色の家具や小物を配置。色は自由に選んで感覚的にレイアウトされているようでいて、実は色相やトーンが意識的に整えられているので、全体として調和しています。

個室もベースカラーはナチュラルなホワイトで整えつつ、小物で各部屋の個性を出しているような印象。これは、公共建築や展示空間における色彩設計の原型としても興味深い要素ですし、ミニマルが求められる現代の住宅設計のヒントになる部分だと思いました。
⑤ 滞在を楽しむ機能「中庭」と「サウナ」
中庭(パティオ)
「サマーコテージ」という役割もあり、外に広がる自然を楽しむ時間や人が集まることを重視して、広い中庭(パティオ)が母屋の設計に組み込まれています。
赤レンガ、緑のツタ、青空という色彩の三重奏が印象的。外壁のレンガ実験と同時に、自然景観との色彩関係を検証していたと考えられます。意図的に、かつナチュラルに自然とのつながりが意識されている点は、自邸やスタジオ、またその他の住宅などにも共通する部分だと思いました。見学した13時前後は、午後のやわらかい陽が射し込んで気持ちよかったです。
スモークサウナ
丸太組で建てられた、フィンランドの伝統的なスモークサウナもあります。中央に基礎を置き四隅は木材のみという構造。最低限の材料で安定性を確保した設計は、地震が少ない北欧ならではだと感じます。
まとめ:アアルト建築の過程をつなぐ重要な建築物
「ムーラツァロの実験住宅」は、サンプルを一望できるモデルハウスではなくて、アアルトが20年以上のキャリアを通して培った、光の扱い、自然とのつながり、機能的で人に寄り添う計画、という設計手法の集大成が見られる場所です。

またこの建物は、アアルトの後期の作品群へとつながる設計手法の一つの転換点として、非常に重要な建築物だと感じました。素材やディテールを試しながらも、「誰がどう使うか」という人間の暮らしを中心とした視点が終始ぶれていないためアアルト建築として揺るぎなく、空間としてとても魅力的です。
場所が場所なので簡単には行けませんが、ここはアルヴァ・アアルトが実験と生活を同じ場所で両立させた、彼らの設計思想のプロセスに触れられる稀有な場所です。建築やデザインに興味がある方にとっては、非常に価値の高い訪問になるのではないでしょうか。
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