アアルトのサマーコテージ「ムーラツァロの実験住宅」を見学してきました。

公開日:2025.9.4 最終更新日時:2025.9.3

フィンランド滞在中のReplanスタッフがお届けする、北欧の暮らしや建築のこと。

ヘルシンキから車で北上すること約3時間。アルヴァ・アアルトが生まれたフィンランドの中核都市ユヴァスキュラから車で30分ほど南下したところにある「ムーラツァロ島」に、彼が後年手がけた実験住宅(Alvar Aalto Experimental House)があります。

1950年代に建設されたこの住宅は、家族のサマーコテージであるとともに、アアルトと後妻エリッサにとっては「素材・構法・空間の試行錯誤を詰め込んだ」設計デザインの実験の場でもありました。

訪問したのは8月上旬。サマーコテージで友人たちと「フィンランドの夏」を満喫した帰り道で、急遽フィンランド語の現地ツアーを予約して参加しました。このパターンは初めてでしたが、フィンランド人の友人と翻訳アプリのおかげで、普段以上に精度高く情報が得られた気がします。アアルト自体にそこまで詳しくない友人からリアルな声や感想を直接聞けたのも貴重でした。今回はそのようにして現地で得た情報と、僕自身の感想をご紹介したいと思います!

「ムーラツァロの実験住宅」とは

たまたまアアルトが周辺を船で巡っていた際に、「ここだ!」と一目ぼれしたのが、このムーラツァロ島。偶然にも友人が経営する不動産会社が土地を扱っていて、すぐに購入に至ったそうです。当時は道路がなく、アクセス方法はもっぱら船。岩からの湖の景色は絶景で、彼が別荘としてここを選ぶ理由が分かる気がしました。

現在は道路からアクセスでき、駐車場から針葉樹と広葉樹が混ざる気持ちがいい森の小径を5分ほど歩くアプローチになっています(アアルト一族だけは、現在もボートでの上陸が可)。8月上旬の森は涼しく、ちょっとしたハイキング気分を味わえておすすめです。

実験住宅までの小径はけっっこう深い森で、プチハイキング気分が楽しめる
実験住宅までの小径はけっこう深い森で、プチハイキング気分が楽しめる
マツの木立を抜けた先に実験住宅が現れる
マツの木立を抜けた先に実験住宅が現れた

ここは基本的にはアアルト一家のサマーコテージですが、「実験住宅」の名のとおり、建物全体がアアルトの設計上の実験の舞台というだけあって、アアルト建築の特長が空間のいたるところに組み込まれています。屋外にも彼が持ち込んだ植物が植えられ(現存は一部)、室内外を問わずに自然との関係性が意識されていることが実感できました。

実験住宅全体の計画図。母屋は中庭も含めてスクエアにデザインされている。コンパクトかつゾーンを切り分けた設計は、今の住宅にも取り入れられそう
実験住宅全体の平面図。母屋は中庭も含めてスクエアにデザインされている。コンパクトかつゾーンを切り分けた設計は、今の住宅にも取り入れられそう
こちらは立面図。傾斜地を活かした空間構成と光を採り入れる方向が綿密に計画されている
こちらは立面図。傾斜地を生かした空間構成と光を採り入れる方向が綿密に計画されている

この実験住宅の、個人的な注目ポイント

アアルト好きの僕が感じた、この建物の注目ポイントを5つご紹介します。

① 暮らしと自然が一体化する動線設計

湖からボートで上陸し、住宅を通って森へ抜けるという動線を前提に、室内外の空間がシームレスに配置されています。

傾斜地であることで生まれたレベル差は、視線の抜けや採光に巧みに生かされています。屋外から室内、中庭へと移動すると、光・風・視界が段階的に変化して、ただそこで暮らすだけでナチュラルに気持ちよく自然が感じられます。

② 空間構成と光の操作

西側から見た外観。屋根がV字型にデザインされている
西側から見た外観。屋根がV字型にデザインされている
室内側から見たV字部分の形状
室内側から見たV字部分の形状

天井に高低差をつけることで、空間の広がりと親密さを場面ごとに切り替える工夫がなされています。居間では開放感、寝室では落ち着きが設計によってデザインされていました。この手法は後年の「アアルトスタジオ」や複数のヴィラに引き継がれる重要なエッセンスのひとつでもあります。

屋内は白の塗り壁で仕上げられています。日が長い夏は自然光で室内の明るさを保ち、日が暮れても間接照明による最低限の光で、心地よい空間を演出できます。

1階はリビング、2階はアトリエとして利用されていたそう。天井の高低差が空間の広がりや陰影のコントラストを生んでいる
1階はリビング、2階はアトリエとして利用されていたそう。天井の高低差が空間の広がりや陰影のコントラストを生んでいる
光と壁の質感が美しい…
光と壁の質感が美しい…

③ 素材とディテールの実験

床材は、基本的には長尺板とパーケットを組み合わせ、異素材の境目にラグを配置するなど、人の動線や滞留を意識した素材・アイテムが選ばれていることが感じられます。

パーケットとレンガの組み合わせ
パーケットとレンガの組み合わせ
ラグを組み合わせている部屋も

中庭や外壁には、50種類以上(!)のレンガやタイルを使い、積み方・形状・着色方法を比較検証。セラミックの着色や大理石との組み合わせなども試され、後のフィンランディアホールなどで応用して使われたそうです。

形・色・素材・焼き方などが異なるレンガを壁に張ったり、床に敷いたり。とにかくバリエーションが豊富
形・色・素材・焼き方などが異なるレンガを壁に張ったり、床に敷いたり。とにかくバリエーションが豊富
タイルの色も職人と相談をしながら定めていったそう。このホワイトとブルーはまさにフィンランディアホールのキーカラー
タイルの色も職人と相談をしながら定めていったそう。このホワイトとブルーはまさにフィンランディアホールのキーカラー

屋根材や屋根の意匠にも、実験的な試みが。端部に瓦、中央部にアスファルトシングルに近い素材を用いて、コスト・雪荷重・意匠性のバランスを図っています。横から見たときのプロポーションの美しさも計算済み。

瓦は屋根の端のみにして、見えない部分はアスファルトシングルのような屋根材仕上げ。煙突部分はボイラー室
瓦は屋根の端のみにして、見えない部分はアスファルトシングルのような屋根材仕上げ。煙突部分はボイラー室

④ 色彩計画とインテリア

白を基調とした空間に、彩度の高い色の家具や小物を配置。色は自由に選んで感覚的にレイアウトされているようでいて、実は色相やトーンが意識的に整えられているので、全体として調和しています。

白を基調としたダイニング。壁面の棚は、アアルトスタジオのタベルナ(食堂)にも採用されているデザイン。ペンダントライト(手榴弾)やテーブルクロスもアアルトデザインで統一感がある
白を基調としたダイニング。壁面の棚は、アアルトスタジオのタベルナ(食堂)にも採用されているデザイン。ペンダントライト(手榴弾)やテーブルクロスもアアルトデザインで統一感がある

個室もベースカラーはナチュラルなホワイトで整えつつ、小物で各部屋の個性を出しているような印象。これは、公共建築や展示空間における色彩設計の原型としても興味深い要素ですし、ミニマルが求められる現代の住宅設計のヒントになる部分だと思いました。

アルヴァのマスターベッドルーム。ナチュラルホワイトにネイビーブルーが映える
アルヴァのマスターベッドルーム。ナチュラルホワイトにネイビーブルーが映える
エリッサの寝室には、パイミオイエローや木壁が取り入れられている。窓からの自然光が室内を柔らかく照らしていて、品性のなかに温かみを演出している
パイミオイエローや木壁が使われたエリッサの寝室は、上質感と温かみが同居している。窓からの自然光が室内をやわらかく照らして心地よい
ゲストルームには明るいグリーンのベッドシーツを使用。適度なサイズ感が空間のアクセントになっている
ゲストルームには明るいグリーンのベッドシーツを使用。適度なサイズ感が空間のアクセントになっている

⑤ 滞在を楽しむ機能「中庭」と「サウナ」

中庭(パティオ)

「サマーコテージ」という役割もあり、外に広がる自然を楽しむ時間や人が集まることを重視して、広い中庭(パティオ)が母屋の設計に組み込まれています。

リビングの外に広がる中庭(パティオ)。湖が見えるよう塀で囲まず抜けが設計されている
リビングの外に広がる中庭(パティオ)。湖が見えるよう塀で囲まず抜けが設計されている
中庭から建物を見るとこんな感じ。中庭に面した外壁はパッチワークのように大小さまざまなレンガで仕上げられている
中庭から建物を見る。中庭に面した外壁は、パッチワークのように大小さまざまなレンガとタイルで仕上げられている

赤レンガ、緑のツタ、青空という色彩の三重奏が印象的。外壁のレンガ実験と同時に、自然景観との色彩関係を検証していたと考えられます。意図的に、かつナチュラルに自然とのつながりが意識されている点は、自邸やスタジオ、またその他の住宅などにも共通する部分だと思いました。見学した13時前後は、午後のやわらかい陽が射し込んで気持ちよかったです。

中庭の様子。レンガと緑と空のバランスが非常に美しく、つい見とれてしまった
中庭の様子。レンガと緑と空のバランスが非常に美しく、つい見とれてしまった
外壁全体は構造のレンガに白の漆喰系の天然素材が塗られている。柔らかい色味に緑と自然光のコントラストがめちゃくちゃ綺麗
外壁全体は構造のレンガに白の漆喰系の天然素材が塗られている。やわらかい色味に緑と自然光のコントラストがめちゃくちゃ綺麗

スモークサウナ

丸太組で建てられた、フィンランドの伝統的なスモークサウナもあります。中央に基礎を置き四隅は木材のみという構造。最低限の材料で安定性を確保した設計は、地震が少ない北欧ならではだと感じます。

スモークサウナの入り口まわり。経年変化した丸太組みが味わい深い
スモークサウナの入り口まわり。経年変化した丸太組みが味わい深い
地震がない国だからこその基礎のつくり方…
地震がない国だからこそできる基礎のつくり方かも

まとめ:アアルト建築の過程をつなぐ重要な建築物

「ムーラツァロの実験住宅」は、サンプルを一望できるモデルハウスではなくて、アアルトが20年以上のキャリアを通して培った、光の扱い、自然とのつながり、機能的で人に寄り添う計画、という設計手法の集大成が見られる場所です。

個人的にお気に入りの一枚

またこの建物は、アアルトの後期の作品群へとつながる設計手法の一つの転換点として、非常に重要な建築物だと感じました。素材やディテールを試しながらも、「誰がどう使うか」という人間の暮らしを中心とした視点が終始ぶれていないためアアルト建築として揺るぎなく、空間としてとても魅力的です。

場所が場所なので簡単には行けませんが、ここはアルヴァ・アアルトが実験と生活を同じ場所で両立させた、彼らの設計思想のプロセスに触れられる稀有な場所です。建築やデザインに興味がある方にとっては、非常に価値の高い訪問になるのではないでしょうか。

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