念願の「パイミオ・サナトリウム」を訪問してきました。
フィンランドに半年間滞在していたReplanスタッフがお届けする、北欧の暮らしや建築のこと。
フィンランド最古の街、トゥルクに滞在していたときのこと。天気があまり良くなかった日に「少し遠出をしてみよう」と思い立ち、片道1時間ちょっと、往復2時間半の小旅行に出かけました。
向かった先は、アルヴァ・アアルトとアイノ・アアルトが設計した「パイミオ・サナトリウム」。アアルト好きの僕がずっと訪れてみたかった建築のひとつです。

ツアー料金は20ユーロ。往復がバスしかなくてアクセスが少し不便ではあるものの、この訪問はアアルトの「想像から創造へと昇華させて、人に癒やしを与える設計思想」に直接的に触れられる素晴らしい機会になりました。
今回はそのときの感想をお伝えしながら、僕目線での「パイミオ・サナトリウム」をご紹介します。





パイミオ・サナトリウムで感じた3つのこと
実際に訪れてみて感じた、この建築の「核心」ともいえるポイントは主に3つあります。
1. 「機能性の極致」としての建築
「パイミオ・サナトリウム」は、1933年に完成した結核療養施設です。当時の最新医療と建築が融合したこの建物には、「治療の一部としての空間づくり」という哲学が隅々まで息づいています。
たとえばそれは、長袖の袖が引っかからないようにデザインされたトイレの手すり。あるいは、水が飛び跳ねにくいように深さが調整されたシンクや、室内の明かりや色味、窓からの風景など、そのすべてが使う人目線で設計され、特に「患者にとっての使いやすさ」が徹底されていました。





建物全体は、「患者の動線」と「医療スタッフの動線」が明確に分けられていて、その動線のデザインにもアアルトらしい合理性が表れています。
- 患者は病院内でどのように過ごすのか
- どういった服装でいるのか
- どのような姿勢が都合がいいのか
など、さまざまな「どのように」を追求していった結果、療養している患者や働くスタッフにとって最も使いやすくなるようになっていることが印象的でした。

この建築のコンペが始まったのは1929年、世界恐慌の年です。経済的にはネガティブな要素が多かった時代の中で、建築家としてはまだ駆け出しだったアアルトがつかみ取ったチャンスでしたが、その状況でこれだけの機能的な設計がされていたことに驚きを隠せません。
2. 建築の役割に合わせた色彩デザイン
アアルト建築の特徴といえば、自然との調和を重んじたシンプルで機能的なデザイン。同時期に設計された自邸でも、なるべく自然にある色を用いて空間に違和感なくなじむようなカラーリングが意識されていたように見えます。
※アアルトの自邸を訪問した際の記事はこちらをご覧ください
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2度目のアルヴァ・アアルト自邸探訪で知ったこと、感じたこと。
しかし、パイミオ・サナトリウムで印象的だったのは「鮮やかで意味のある色」でした。施設の中をぐるりと見渡すと、「パイミオイエロー」「パイミオブルー」「パイミオレッド」と呼ばれる鮮やかな色彩が効果的に使われていることがわかります。





ぱっと見では自然の色ではないように感じますが、これらは森に囲まれた自然豊かなパイミオの環境だからこそ調和する色として取り入れられました。青=空、赤(オレンジ)=マツの木、黄=太陽や光の色と、それぞれをモチーフに色が表現されているそうです。
また気持ちがふさぎがちになる療養者たちにとって、周囲に見える色が与える心理的な影響は決して小さくないはずです。パイミオは市街地からかなり離れているため、長い期間療養していれば、世間と断絶しているように感じてもおかしくありません。

療養中の人々が世間との繋がりを実感できる環境をつくるには、やさしい自然の色だけではなく、人工的な色を用いて心地よい違和感を与えることも必要だったのだと想像します。その意味で、このビビッドな色彩もこの建築の大きな魅力だと感じました。
3. 「自然との共生」という思想
僕が最も心を動かされたのは、やはり「自然との繋がりを強く意識した設計思想」でした。この建物には、大きな窓や天窓、テラスなど、外の景色や光、風、温度を取り込む工夫がいたるところに施されています。
それはまさしく「人ファースト」の意識が高かったからこそ。「フィンランドの美しい自然が療養中の患者の心身にいい影響を与える」と、アアルト自身が信じていたからなのだと思います。


療養者の中には自由に外に出られない人も居ます。だからといって自然とつながることを諦めず、室内にいながら自然を直接的に感じられるよう窓を設けたり、自然光を効果的にとり入れられる仕組みを考えたり、緑を見えるところに置いてみたり…。ただそこにあるだけで人々にポジティブな影響を与える自然の効果を、より最大化させるためのアプローチを実践していたのでしょう。
当時まだ低木だった森の木々の代わりに小さな松の植木鉢を並べ、療養者がテラスのベッドからでも眺められるようにしていたというエピソードには、思わず胸が熱くなりました。建物全体が「快適さ」と「自然との対話」をベースに設計されていることがひしひしと伝わってきました。

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マツの森に囲まれて緑豊かで、空気も綺麗なパイミオの地で療養することの意味を考えたときに、人間らしく生き物として元気になるために必要なのは「自然とつながること」だったのでしょう。「パイミオ・サナトリウム」が「五感から人を癒やす」建築であったことが素晴らしいと思いました。
時代を超える、建築の力
このサナトリウムが建てられたのは、世界恐慌後という非常に困難な時代でした。そんな中でも、ただ依頼を受けた建物を建てるのではなく、そこに希望や癒やしがある空間を生み出そうとしたアアルト夫妻の信念が、「パイミオ・サナトリウム」には色濃く残っていました。
結果としてアアルトの設計事務所はその後さまざまなコンペで仕事を勝ち取り、数多くの建築物を手がけることになります。どの建築にも「パイミオ・サナトリウム」に通じる思想が色濃く反映されているということを、今回の訪問で再確認しました。



アアルトの原点ともいうべき建築空間に直接触れることができ「満足以外に何も言葉がございません」という気持ち。雨の中、わざわざ時間をかけて訪れた価値は十分すぎるほどありました。むしろ雨の日の静けさと湿度が、この建物にはふさわしかったのかもしれません。
機能と意匠、そして自然との共生。アアルトが考える「人にとって本質的に必要なこと」に、改めて気づかされた1日となりました。機会があったらぜひ足を運んでほしいアアルト建築です。

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