vol.50 ナフサショック! 家づくりへの影響は?

公開日:2026.7.10 最終更新日時:2026.7.10

さらなる省エネ・省CO₂が住宅の重要なテーマとなる寒冷地。 本企画は、独自の視点から住宅性能研究の最前線を開いている、東京大学の気鋭の研究者・前 真之准教授に、「いごこちの科学」をテーマに、住まいの快適性能について解き明かしていただきます。 シーズン1に続く第2弾として2015年からは、それまでの連載の発展形「いごこちの科学 NEXT ハウス」としてリニューアル。 「北海道・寒冷地の住宅実例から考える室内環境について」をテーマに、断熱、開口部、蓄熱など、さまざまな視点から寒冷地における室内環境の改善ポイントを解説しています。

いごこちの科学 NEXT ハウス

東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻・准教授 前 真之 (まえ・まさゆき)東京大学大学院工学系研究科
建築学専攻・准教授
前 真之 (まえ・まさゆき)


突然始まったイスラエルとアメリカによるイランへの軍事介入とホルムズ海峡封鎖。中東に原油の大部分を依存する日本は大きな影響を受けています。とりわけ化学製品の原料であるナフサ不足により、樹脂製品の値上げや出荷停滞が家づくりに大きな悪影響をもたらしています。今回は、ナフサショックに負けない家づくりについて考えてみましょう。

ナフサは「石油化学のコメ」

住宅産業で今、最大の問題となっているのが「ナフサショック」。そもそもナフサとはなんでしょうか(図1)。

図1 ナフサは「石油化学のコメ」。日本における樹脂製品のメイン原料で、多くの建築部材にも不可欠

製油所で原油を加熱・蒸留すると、ガソリン・灯油・重油などと一緒にナフサが取り出せます。ナフサは淡い黄色の液体でガソリンによく似ていますが、主に石油化学の基礎原料として使われます。ナフサを分解するとエチレンなどの基礎化学品となります。

さらに重合させることでポリエチレンなどの樹脂になり、断熱材やシート・テープなどさまざまな製品に加工されます。ナフサは日本で生産されるほぼすべての樹脂製品の大本ということで「石油化学のコメ」と呼ばれるほど重要です。ところが現在、そのナフサの供給が不安定になり、樹脂製品全般の供給に大きな不安が生じているのです。  

中東での軍事衝突 ホルムズ海峡が事実上封鎖

今回のナフサショックの原因は、いうまでもなく中東地域での政情不安です(図2)。

図2 ナフサのほとんどは中東依存。イラン戦争で住宅建材の供給が大ピンチに

以前からイスラエルとアメリカは、核兵器開発を阻止するとしてイランに圧力をかけてきました。さらに2026年2月28日からの「壮絶な怒り」作戦では、イラン国内の核施設・ミサイル基地をはじめとしたさまざまな軍事・政治拠点に大規模な空爆を実施。最高指導者のアリ・ハメネイ氏を含む多数の政府高官を殺害しました。

その報復として、イランも周辺国の米軍基地や石油関連施設へミサイル攻撃を実施。さらにペルシャ湾とアラビア海をつなぐ、石油運搬の最重要ルートであるホルムズ海峡の封鎖を宣言。機雷の敷設まで始めてしまいました。その後、4月8日にパキスタンの仲裁で2週間の停戦が成立し、本稿執筆時点(2026年5月)でも小康状態がかろうじて続いていますが、先の見通しがまったく立たない情勢です。

中東一極依存で大ピンチ

日本は原油のほぼ全量、さらに輸入ナフサの約7割をUAEやサウジアラビアなど中東に頼っており、そのほとんどがホルムズ海峡を経由してタンカーで運ばれています。それが今回のホルムズ海峡封鎖に伴い、突如として原油輸入の大動脈が閉塞してしまったのだからたまりません。ナフサの国内備蓄は2ヵ月分程度と少なく、他の国からの調達も容易ではありません。すべての樹脂製品の供給が不安定となり、とりわけ住宅の建材の価格高騰や出荷遅れ・受注停止などが深刻な問題となっています。

実はエチレンなどの基礎化学品は、原油由来のナフサ以外からもつくれます。アメリカでは天然ガス、中国では石炭を主な原料としているため、今回の危機の中でも比較的影響は少ないようです。一方の日本は、長年にわたり燃料として原油を輸入してきた経緯もあり、原料としても原油由来のナフサを使うことが合理的でした。その中東原油への一極依存が、今回の危機につながっているのです。

ナフサショックの影響 一番深刻なのは住宅建材

ナフサショックの中であらゆる樹脂製品が影響を受けていますが、中でも特に大きな問題になっているのが建築建材への影響です(図3)。

図3 ナフサ由来の樹脂製品は住宅の断熱・気密性能確保に不可欠
石油はエネルギー源であると当時に、樹脂などの化学製品に欠かせない原料でもあります。 原油のほとんどを海外依存している日本において、石油への依存を減らすことは当然重要です。
一方で、すぐに煙となる燃料や使い捨ての容器と、長寿命の建材を同列に扱うのも極論でしょう。
住宅の断熱・気密を現実的なコストで実現するには樹脂製の建材が不可欠であり、建物が一度建設された後も建材は何十年にもわたって性能を発揮し続けます。
本来は、エネルギーや使い捨て容器に消費される石油をできるだけ減らす一方で、樹脂建材には優先的に原料ナフサを配分するような、メリハリのある政策が必要と思われます。

最初に話題になったのはユニットバスの受注停止でしたが、その後もさまざまな建材の値上げや不足が発生。住宅価格の高騰や工事の遅れにつながっています。

樹脂の多くは包装・容器、自動車や家電などの部品などに使われており、建材に使われる割合は1割以下とボリュームとしては必ずしも影響は大きくありません。しかし、住宅に使われる建材は極めて種類が多く、そのうちの1つでも部品が届かなければ工事全体が止まってしまうため、供給不安の影響が顕在化しやすいのです。

断熱・気密・防水に必要な部材の供給不安が深刻化

筆者が聞く限りにおいては、いかにも影響を受けそうな樹脂製の窓サッシなどは、価格高騰はあっても出荷への影響は意外と小さいとのこと。樹脂系の断熱材は、材料や入手先によって価格や納期への影響の度合いがかなり違い、現状落ち着いている製品がある一方で、4割以上と大幅な値上げとなる製品も見られます。さらに、下水管や雨どいに必須の塩ビ管、防水や気密・防湿に欠かせないシートやテープといった補助的な部材の供給不安が、建設現場の大きな悩みとなっているようです。

樹脂を用いた建材・部品には、断熱材をはじめとして、気密・防水に用いるシートやテープなど、性能を確保するために必須で、ほかでは代替できない重要パーツが多くあります。ナフサショックは、まさに住宅の性能を根本から揺さぶる大問題なのです。

樹脂部材の供給不足が断熱・気密の大きな障害に

ナフサショックによる建材・部材の供給不安が深刻化する中、断熱・気密などの性能確保への関心が薄れることが危惧されます。この連載でも繰り返し述べてきたとおり、日本では断熱・気密の普及がひどく遅れてきました。2025年にようやく断熱・省エネが適合義務化されましたが、断熱は1999年に定められた等級4と、ごく低レベル。2030年までに義務化予定の等級5も、快適性と省エネを両立させるには力不足でした。

それが2025年に登場したGX志向型住宅により、「十分な断熱」のベースラインといえる断熱等級6が注目されるようになったのは、Vol.45で取り上げたとおりです。日本でも本格的な断熱の普及がようやく始まったと感じていた矢先、ナフサショックによる断熱・気密部材の不足が直撃する事態となってしまいました。

断熱・気密をあきらめると日本全体が貧しくなる

それでは、断熱・気密の確保をあきらめていいのでしょうか(図4)。

図4 輸入燃料が増えれば回りまわって住宅ローンの返済額が増える。断熱・気密をあきらめては絶対ダメ
ここ数年の住宅価格高騰に追い打ちをかけるように、今回のナフサショックが降りかかっています。
しかし、ここで家の性能確保をあきらめれば、輸入燃料の増加 → 外貨流出 → 円の価値低下 → 物価高につながります。
物価を抑えるためには政策金利の引き上げが有効ですが、そうなると住宅ローンの利払いがキツくなります。
かといって政策金利を低く維持すれば、さらに円安・インフレが進み、生活がツラくなります。
まさに「あきらめたら、そこで試合終了」。今こそ、みんなの知恵と努力が問われています。

断熱・気密をあきらめれば、健康快適な暮らしが実現できなくなるだけでなく、暖冷房にかかるエネルギーも増加します。燃料の輸入をさらに増やすことになり、苦労して稼いだ貴重な外貨が海外に流出。結果、円がさらに安くなり輸入品を中心に物価高が進みます。現在でも価格高騰に多くの人たちが苦しんでいますが、さらなるエネルギーの海外依存は、円を弱くしインフレを加速してしまうのです。

円を強くして物価上昇を抑えるには、日本銀行が政策金利を上げるのが最も有効です。しかし金利が上がれば、住宅ローンを変動金利で借りている人は返済額が増えてしまいます。Vol.49で取り上げたように、すでに住宅価格高騰で無理なローンを組んでいる人が多い中、これは深刻な問題です。住宅の性能をあきらめることは、住まい手の生活の質を落とすだけでなく、回りまわって日本全体を貧しくしてしまうのです。

家の性能をあきらめると将来に大きなツケを残す

「家が高くなるから、断熱・気密はあきらめるのも仕方ない」。日本の住宅の歴史において繰り返されてきた先送りのツケが、今我々を苦しめています。

Vol.30でも触れたように、断熱・省エネの義務化は本来2020年の予定でした。それが「住宅価格が高くなる」「対応できない業者がいる」などの理由で、国交省の独断により無期延期に。その後、住宅価格や住宅ローン金利の上昇が続き、性能確保がどんどん難しくなってしまいました。そこにコロナショック、ウクライナ侵攻、そして今回のイラン戦争といった国際情勢の悪化が、日本で暮らす人々の生活を直接脅かすようになっています。

もし2020年に断熱・省エネの義務化ができていれば、高性能の住宅をより安価に数多くストックすることができ、安心して暮らせる人を増やすことができたはず。問題の先送りが事態を悪化させることを、我々はまさに目の当たりにしてきたのです。

ナフサショックが吹き荒れる今こそ、過去の過ちを再び繰り返すのか否か、厳しく問われています。ナフサショックの中でも家の性能をあきらめない方法を、みんなで知恵を絞って見つける必要があるのです。

家を建てている人は工務店と上手に協議を

今、まさに家を建てているお施主さんは、きっと多くの不安を抱えていると思います。性能確保と費用・工期のバランスをとるには、建ててくれている工務店などの建設業者と上手にコミュニケーションをとることが肝心です(図5)。

図5 今まさに家を建てている人は、工務店と上手に協議していい方向を一緒に見つけよう

コロナ禍により建設現場で多くのトラブルが発生したことを受けて、2024年の建設業法改正により、資材の価格高騰や不足が起きた場合に、工務店などの受注者だけに負担が集中しないようルールが変更されました。受注者は代金や工期に影響するおそれがある事象を「おそれ情報」として、契約前に施主である注文者に通知。実際に発生した場合は、注文者は協議に誠実に応じることが努力義務とされました。

お施主さんとしては、事前に示された価格と工期を前提に契約しているわけですから、後から協議を申し込まれても納得できないのは無理もありません。一方で、ナフサショックのような外乱の悪影響は、工務店の責任ではありません。住宅を建てた後でも、お施主さんと工務店とのお付き合いは続きます。一歩も譲らない姿勢で対決した結果、家の品質が低下したり、関係が悪化して音信不通になってしまったりしては誰のためにもなりません。注文者と受注者が上手に協議し、根拠に基づき双方が納得できる落としどころを見つける努力が大切です。

折り合いの付け方としては、「早めに共有する」「対立ではなく協議する」「根拠を見て判断する」ことがポイントです。そのうえで、守るべきものは守り、調整できるところは調整しましょう。生活の質や安全に直結する性能は、当然守るべきものとしてお互いに大事にしたいものですね。

削るべきは「形の無駄」設計の工夫で性能確保を

これから家を建てようとしている人は、限られた部材で性能を確保できるよう、設計を工夫することが可能です(図6)。

図6 これから家を建てる人は、少ない材料で効率的に性能を確保できる設計の工夫を

特に、少ない部材と手間で性能を確保する「設計の工夫」が有効です。

日本の家は、自由度が高い木造軸組工法が一般的だったためか、平面的な部屋割りをまず書いて、後から屋根をかける設計が主流です。そのため往々にして建物が凸凹した形になりがちです。複雑な外壁・屋根は断熱・気密・防水の確保が難しく、手間暇かけてシートやテープを大量に使うことになり、労賃や部材コストが上昇してしまいます。外皮の表面積の大きさは熱ロスにつながりますし、雨漏りや劣化、メンテナンスの難しさが家の寿命を短くしかねません。また、複雑な屋根形状は太陽光発電パネルを載せるにも非効率で見栄えも悪くなります。

シンプルでボクシーな家にすれば、効率よく少ない材料で施工できるので、労賃や部材コストを下げられます。断熱・気密・防水といった基本性能を確保することで快適・省エネな暮らしを実現できるだけでなく、雨漏りや劣化のリスクを減らし、メンテナンスを容易にし、家の寿命を延ばせます。シンプルな屋根には、太陽光発電パネルも効率よく見栄えよく載せられます。まさに削るべきは性能ではなく「形の無駄」。そのシンプルで合理的な外形から、魅力的な意匠と使い勝手のいい間取りを実現することこそ、設計者の腕の見せどころなのです。

ナフサショックが日本の家づくりに大きな影響を与えていること、とりわけ性能確保に欠かせない樹脂部材への影響が深刻なのは事実です。だからといって断熱・気密といった住宅の基本性能をあきらめてしまっては、将来の日本に大きなツケを残すことになります。

今まさに家を建てている人は建設業者との建設的な協議、これから建てる人は部材を効率的に活用できる合理的な設計の工夫を通して、譲れるものは譲り、守るべきものは守る、賢い選択が求められています。家づくりは、住まい手の生活の質はもちろん、地域・日本・世界にも大きな影響を与えます。逆風の中だからこそ、未来に誇れる家づくりの姿勢を守りたいものですね。 


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