片まひのお施主さんから学んだ「手すり」のインテリア視点の大切さ

公開日:2025.12.11 最終更新日時:2025.12.11

Replanが教える家づくりに必要な基本、あれこれ。

身体に不自由なところがあったり、高齢になって身体の機能が低下したりすることを理由に、安全に配慮して「手すり」をつけるのは一般的で、自然な対策です。

しかしインテリアコーディネーターの本間純子さんはこれまでに、必要だと分かっていながら「手すり」の設置に強い抵抗感を示す人たちとたくさん出会ってきました。今回は、その理由の根っこにあるものに触れて、ずっと抱いていた心のもやもやが晴れたように感じたという「手すり」に関するエピソードをご紹介いただきます。

突然の病で、左半身が動かせない身体に

今回のお話の主人公であるAさんは、60歳代半ばくらいでお孫さんと仲良しの、おしゃれで快活な女性です。

家族で買い物に出かけたときのことでした。突然足がもつれて倒れ、気づいたときには病院のベッドの上。当時は身体の左側の感覚がまったくなく、動かない状態だったそうです。

※写真はイメージです

治療とリハビリを終えて自宅に戻りましたが、長く住み慣れた住まいは、不自由になった身体には使いにくい家になっていました。そのため娘さんからの提案で二世帯住宅を新築することに。「はじめまして」のごあいさつをしたのは、新居のプランニングが始まるときでした。

「手すり」が突きつける現実と苦痛

初めてご自宅にお邪魔したとき、Aさんにはまず「この家、どう思います?」と聞かれました。お住まいを見回し、少々言いにくかったのですが、率直な感想をお伝えしました。「手すりがたくさんついていますね」。

それに対しAさんは「そうなの。この手すりがないと、私はトイレにも行けない。お風呂にも入れない。食事もつくれない。私の生活に欠かせないものだけど、でも、見たくないの。目にするたびに『お前は病気で片まひになった』と言われている気がする」と、悲しそうにおっしゃいました。

ある日突然、身体の半分が動かなくなったという現実は、なかなか受け入れられるものではありません。当たり前だった日常の動作が突然できなくなったのですから…。

時間が経っても「なぜ?」「どうして?」という疑問は消えず、「辛い」「悔しい」の葛藤は続きます。

これからの日常生活に不可欠な「手すり」の存在が、自分の置かれた現実を容赦なく映す鏡になってAさんの心に負担を強いているということに、私は少しショックを受けました。また同時に、これまで出会った手すりに強い抵抗感を示して設置を拒んでいた方々が抱いていた本音に触れたような気がして、妙に納得した気持ちにもなりました。

そこでAさんの悩みを解消すべく、ご自身の身体と心をサポートする手すりの在り方を、インテリアの視点を踏まえて探ることになりました。

「手すり」を感じさせない
プランニングの具体例な3つの解決策

プランニングにあたって、私は実際に家の中を歩きながら、Aさんの使いやすさや不便さ、こういうものがあったら…を確認していきました。その結果、Aさんにとって「手すり」は万能ではなく、段差解消プレートは足の置き方によっては転倒しそうになることや、今使っているもので代用可能なものがあることなどが分かりました。

【解決策1】家具で代用。「手すり」に頼らない移動計画

歩行するとき、Aさんは手すりを握るのではなく、右手で触れながら移動します。バランスが崩れそうなときや、方向を変えるときには力が入りますが、それ以外は、触れるものがあれば移動可能で、カウンター・テーブル・椅子の背・チェストなどで代用できることが分かりました。

そこで、手すりは必要最低限の設置とし、出窓のカウンターや手持ちの家具で、Aさんの移動のサポートをすることにしました。

実際のAさん宅の新居のパース画。家具などを伝うことで、手すりに頼らず移動できるようプランニングした

LDKは比較的家具が多い空間なので、「出窓のカウンター」→「椅子の背」→「テーブル」→「キッチンワークトップ」のような移動経路が容易にプランできました。

【解決策2】壁に溶け込む色の手すりを選ぶ

一般的なバリアフリー設計では、「手すりは目立つ色がよい」「高齢者は明度差が大きい方が手すりを認識しやすい」といわれます。確かに病院や公共施設、商業施設など、不特定多数の人が利用する建物は、手すりの所在が明確な方が安心です。

でも住宅は家族が暮らす場所ですから、あくまでも「住む人のメリット」を考えます。毎日過ごす自宅は、目をつむってでも物の所在は分かります。「手すり」も同じで、どこに付いているかは目で確認するまでもなく、身体が覚えてしまうものです。

Aさんの新居の壁紙はアイボリー色の予定でしたので、白い木目柄の手すりを選定しました。手すりの位置は分かりますが、意識に上りにくい控えめな存在感です。手すりが主張し過ぎないことで、Aさんが感じていた無言の圧を軽減できました。

白い壁に木の色の手すりはとても目立って主張する
手すりの色を白にすることで、その存在感をだいぶ軽減できる
手すりの色を白にすることで、その存在感をだいぶ軽減できる

【解決策3】引き戸の開閉時の居場所

Aさんは、引き戸を開け閉めする際に身体が不安定になりがちでした。左足で体重を支えられないために左右・前後ともに体重移動が難しく、ふらつくと危険です。そこで、戸の開閉時に寄りかかれるスペースを確保し、利き手で戸を開けやすくしました。

室内側はチェストやタンスなどの、押しても簡単には動かない家具を配置。廊下側は引き手側に縦手すりを設置し、身体を預けられるようにしました。引き戸自体は小さな力で開閉可能な軽めの戸を、引き手は大きめで手がかりがよい深めのものを選んで、使いやすさに配慮しています。

室内側は、身体が預けやすいよう、出入り口のすぐ横に重量のあるチェストを配置
廊下側は引き手側に縦手すりを設置し、身体を預けられるようにした

トイレの手すりの話

■Aさん自身の動作を確認しながら手すり等を設置

トイレの手すりやペーパーホルダー、リモコンの位置は、Aさんの使いやすさを最優先。壁にコンパネの下地を入れてから、Aさんに便器に腰かけてもらって慎重に位置を検討し、取り付けました。ペーパーホルダーは片手で紙が切り取れるものを採用し、手洗い器の横には身体をあずけられる縦手すりを付けています。

※この写真はイメージです
※この写真はイメージです

■「立ち上がれない手すり」にならないように要注意

余談ですが、トイレの「縦手すり」は手すりを引くようにして立ち上がるときに、「横手すり」は押して(体重をかけて)立ち上がる時に使います。取り付け位置を誤ると、「立ち上がれない手すり」になりますので要注意です。

まとめ:人に寄り添う住まいづくりの大切さ

※この写真はイメージです

Aさんのケースを通して学んだのは、「暮らしをサポートし機能として必要な手すりが、同時に自分の身体の状態を突きつけ、精神的苦痛のもとになり得る」ということです。その後も何人もの片まひの方と出会いましたが、どなたもAさんと同様の苦悩を経験しているように思います。

Aさんのケースでは「手すり」という身近なパーツひとつにも、機能とデザイン、そして心への寄り添いが欠かせないという、住まいづくりの本質を考えさせられました。「暮らしの中で、インテリアが精神的な支えや充足につながれば」と改めて思います。

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