アアルトが設計した音楽家の住まい「ヴィラ・コッコネン(コッコネン邸)」

公開日:2026.1.7 最終更新日時:2026.1.7

フィンランドに半年間滞在していたReplanスタッフがお届けする、北欧の暮らしや建築のこと。

こんにちは。昨年半年間、ワーキングホリデーのビザを活用してフィンランドへ行っていた営業部のTです。今回は、アルヴァ・アアルトが設計した「コッコネン邸」をご紹介します。


ヤルヴェンパー(Järvenpää)の駅から、森と湖に囲まれた静かなエリアを歩くこと十数分。
見えてきたのは、音楽家でありアルヴァ・アアルトの親友であるヨーナス・コッコネンのために設計されたアアルト晩年の傑作「コッコネン邸(Villa Kokkonen)」です。

自然豊かな環境に立つコッコネン邸。このアングルの外観デザインは、今の日本に立っていても違和感がなさそう
自然豊かな環境に立つコッコネン邸。このアングルの外観デザインは、今の日本に立っていても違和感がなさそう

コッコネン邸は、2025年5月に公開がスタートしたばかりのアアルト建築です。文献などでは見てきた建物でしたが、導かれるような絶好のタイミングでヤルヴェンパー方面に行く機会が生まれたため、今回訪問することに。参加した英語ツアーの客が僕一人だけだったので、ガイドさんとのフランクな会話から得た情報を含め、この建築の概要と個人的な感想をご紹介します。

窓辺に置かれているコッコネンの銅像
窓辺に置かれているコッコネンの銅像

アアルトが「親友のために」設計した家

この住宅が完成したのは1969年。アアルトが70歳を超えた頃で、彼の建築家人生の終盤にあたります。依頼主はフィンランドを代表する現代作曲家、ヨーナス・コッコネンです。

二人は旧知の親しい間柄。個人的な信頼関係のもとに設計されたこの邸宅は、アアルトからコッコネンへの贈り物のようなもので、設計費用は請求しなかったそう。代わりにコッコネンは、アアルトへの贈り物としてチェロ協奏曲を作曲したと聞きました。なんて美しき一流のやりとりでしょう…。

アアルトがこの家に込めたのは、単なる施主と設計士の関係を超えた、彼の人生の集大成ともいえるような深い敬意や愛情だったのだろう。そう思って建物の中を歩いていると、細部に込められた設計的な優しさや配慮の意味が、より深く染み込んできました。

ちなみにアアルトに贈られたチェロ協奏曲は、この建物の音楽室で聴くことができます。楽しげで、美しい曲でした。

この音楽室で、コッコネンがアアルトのために作曲したチェロ協奏曲が聴ける
この音楽室で、コッコネンがアアルトのために作曲したチェロ協奏曲が聴ける

気持ちのゆとりや豊かさを生む「波」モチーフ

この建物の外観デザインでまず印象的なのは、随所に緩やかな「波」のような流線形が取り入れられている点です。下写真のように、玄関ポーチは曲線を描く白い庇がデザインされています。

室内の直線的に各部屋を並べるのではなく、ゆったりとうねる波のように空間が連なっています。これは、視線を分散させ、外と内をつないで自然との調和をつくり出すと同時に、各部屋の用途を自然に分節化するアアルト独特の設計手法。「aalto(アアルト)」はフィンランド語で「波」を意味しますが、その要素が建築でも表現されているのです。

リビングの暖炉にも波を思わせるようなデザインが施されている
リビングの暖炉にも波を思わせるようなデザインが施されている

「波」を模したようなデザインは、日常における気持ちのゆとりや豊かさにもつながっていると感じました。いわば「空間の心地よい呼吸」のようなものが、音楽家であるコッコネンの生活には欠かせないという、アアルト目線での配慮もあったのではないかと想像しました。

インスピレーションを生む、空間の「波」のような変化

波のような曲線の意匠が象徴的な「コッコネン邸」は、自然豊かな場所にあります。屋内にいると、窓から射し込む光や窓の外に見える湖畔の風景から、自然で心地よい「波」のようなゆらぎが伝わってきます。

庭に大きく開いた窓や天窓をとおして、波のように刻々と変化する自然とつながる住環境が、クリエイティブへのインスピレーションを与える。音楽にも建築デザインにも共通する、その刺激を感受できる心の豊かさの重要性を、アアルトは強く自覚していたのかもしれません。

大きな窓から見える湖畔の風景も、窓から射し込む光も、白い壁に映る色も、すべてに心地よい波のようなゆらぎが感じられる
大きな窓から見える湖畔の風景も、窓から射し込む光も、白い壁に映る色も、すべてに心地よい波のようなゆらぎが感じられる

ツアーガイドのお兄さんは、こんなことを言っていました。「この空間を何度となく案内しているけれど、一日として同じ瞬間やシチュエーションはないし、不思議とコッコネンの音楽も違って聴こえたりするんだ」。

「家」という、ともすれば変化の少ない箱も、外に広がる自然の力を上手に取り込めば、常に「波」のように緩やかで心地よい変化に包まれます。自然とのつながりを強く意識してデザインした空間が、創作活動に適した環境を生んでいることを実感しました。

ダイニングテーブルの上部には天窓。ペンダントライトは「手榴弾(グレネード)」をベースにしたコッコネン邸のオリジナルデザイン。壁の区切り方からは、日本の真壁造も感じる
ダイニングテーブルの上部には天窓。ペンダントライトは「手榴弾(グレネード)」をベースにしたコッコネン邸のオリジナルデザイン。壁の区切り方からは、日本の真壁造も感じる
ライティングも緻密に設計されていることが分かる
ライティングも緻密に設計されていることが分かる

ところどころに「和」を感じさせるインテリアも
ところどころに「和」を感じさせるインテリアも
竹にインスピレーションを受けたという木外壁。五線譜もイメージされているらしい
竹にインスピレーションを受けたという木外壁。五線譜もイメージされているらしい

「暮らす」と「奏でる」を共存させた間取り

コッコネン邸はざっくりいうと「音楽室」と「生活空間」の2つに分かれています。ただ、それらは分断されてはおらず、空間として気持ちよくつながっています。

玄関に入ってすぐ目の間に広がるのは、アアルトらしい「ロー&ワイド」なプロポーションのリビングルーム。大きな窓からは、庭とその向こうに広がる湖のきらめきが望めます。室内は、アアルトがデザインしたアームチェアやペンダントライトなどで構成されていて、心地よさを乱すような余計なものは何ひとつありません。

ダイニング→リビング→音楽室と動線が区切られている
ダイニング→リビング→音楽室と動線が区切られている
リビングからダイニングを見る。内装は白を基調とし、直線と曲線がバランスよく取り入れられている
リビングからダイニングを見る。内装は白を基調とし、直線と曲線がバランスよく取り入れられている

天井は比較的低めに抑えられており、ところどころに見える木の質感と相まってとても落ち着いた印象。そこから続くように、キッチン、ベッドルームなどの「暮らす」ための空間が控えめに配置されています。

その一方で、「奏でるための空間」が奥にレイアウトされた「音楽室」。ここだけ、明らかに空気が違いました。

音楽室は、音響のための「小さなオペラハウス」

アアルトはこの部屋を「コンパクトなオペラハウス」と呼んでいたと聞きましたが、その名の通り、ここには「美しい音」のための工夫が詰め込まれています。

■素材のこと

窓辺に向けて空間が広がっている。天井の頒布はアアルトスタジオの食堂と同じく照明の光をやわらかく拡散するが、ここでは音の響きにも影響があったそう
窓辺に向けて空間が広がっている。天井の頒布はアアルトスタジオの食堂と同じく照明の光をやわらかく拡散するが、ここでは音の響きにも影響があったそう

床と天井には木としては比較的硬いフィンランド産のバーチ(白樺)材が使われ、室内全体にやわらかな印象を与えつつ、しっかりと音を受け止めます。

壁には北米産のダグラスファー(ベイマツ)を使用。音の反響バランスに優れており、高温多湿の環境にも強い材です。フィンランド国内で自生していない(少なかった?)ため、あえて輸入材を用いたということからも、音響へのこだわりが感じ取れます。

■部屋の形状のこと

静かで落ち着きのある音楽室の一角。artekの家具だけでなくコッコネン自身のソファなどもバランスよく取り入れられている。実際に音楽を流してもらうと、その広がり方に驚く。この部屋の外で聴いてみても伝わり方が変わるのが実感できた
静かで落ち着きのある音楽室の一角。artekの家具だけでなくコッコネン自身のソファなどもバランスよく取り入れられている。実際に音楽を流してもらうと、その広がり方に驚く。この部屋の外で聴いてみても伝わり方が変わるのが実感できた

室内は、まさにオペラハウスをそのままコンパクトなスケールに落とし込んだような形状。グランドピアノを中心に、縦にも横にも広がる空間は小さな演奏会が開けるほどの広さがあって、天井も高く設計されているため、音が自然に広がります。この音楽室だけ、大空間を実現するために構造に集成材や鉄骨などを使っているそうです。

この暖炉は、アアルトの設計上では右面だけが波打つデザインだったが、意図をくんだ職人によってアレンジされ、正面も同様のデザインに。アアルトが「これがベスト」として受け入れて採用したそう
この暖炉は、アアルトの設計上では右面だけが波打つデザインだったが、意図をくんだ職人によってアレンジされ、正面も同様のデザインに。アアルトが「これがベスト」として受け入れて採用したそう

また、ピアノや弦楽器の音を最も美しく響かせるために、天井の角度や壁の形状まで、緻密に設計されていて、建築それ自体が、楽器のように音を奏でる装置になっているかのよう。「音楽のための家」というと、防音性や防振性に目が行きがちですが、ここではまるで建築そのものがコッコネンの共演者であるかのように演奏を受け止め、響きを増幅させていました。

建築ににじむ二人の「友情」の気配

リビングやダイニング、キッチンがとことんシンプルなのに対し、音楽室は色味も広さもつくりのこだわりも、すべてに力が込められているように見えます。

そこには「住居」と「仕事場」を区切る意識が強く働いていたそうです。アアルトの自邸でもそうだったように、同じ建物の中にあっても役割が異なる空間を意識的に区切ることで、そこで過ごす時間の質を高められる、というアアルトの思考がうかがえます。それは当然、コッコネンと家族への配慮が感じられる部分でもあります。

アアルトによるファーストプランのスケッチ。コッコネンは作曲の際にピアノのまわりをぐるぐると歩き回る習慣があったため、それが実現するようにイメージが描かれている
アアルトによるファーストプランのスケッチ。コッコネンは作曲の際にピアノのまわりをぐるぐると歩き回る習慣があったため、それが実現するようにイメージが描かれている

音楽室はとても贅沢なつくりです。でもそれが「親友のため」という純粋な一念によるものだと思うと、とても清々しい気持ちです。

もちろん居住部分についても、装飾は削ぎ落とされているのに、なぜかとても豊かな満ち足りた空間。アアルトらしいといえばそうですが、コッコネンへの贈り物だからこそ思いを込めて設計されているようにも思えました。

まとめ:コッコネン邸は「音楽と生きるための建築」

アアルトとコッコネン、建築家と音楽家、そして自然と人間。重層的な対話から生まれたようなこの建築は、演奏の余韻が残っているような不思議な場所で、静かな空気のなかに、音が「鳴っている」気がしました。

「コッコネン邸」は、ただの建築ではありません。音楽を生んで奏でて聴くための、まさに「音楽と生きるための建築」でした。建築が人の人生に深く関わるとはどういうことか。その答えのひとつを、この家は僕に教えてくれた気がします。

建築が好きだったり、興味があったりする人にはぜひ訪問をおすすめしたい建築です。

「コッコネン邸」へのアクセス情報

コッコネン邸(Villa Kokkonen)は、ヘルシンキ中央駅から電車で約30分、Järvenpää駅からは徒歩圏内のところにあります。見学には事前予約が必要です。ガイドツアーでは、内部の音響体験やアアルト設計の解説もていねいに行ってくれます。

なお英語ツアーは14時からだけで、それ以外はフィンランド語のようです。予約の際は必ずご自身でご確認ください。ちなみに僕は「Museum Card」を持っていたので料金がかかりませんでした。(2025年12月現在)

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