熱と煙を分離せよ!

こうして煮炊きと明かりの火を流用する形でとりあえず「採暖」が始まったと言えますが、その実態はかように「お寒い限り」でありました。時代が下ると、各国でより望ましい「暖房」の方式が模索されます。

その主たるテーマは、暖房に必要な「熱」を有害な「煙」から分離することであったといえるでしょう。一番素朴な形は火の上に煙突を設けた「暖炉」であり、煙を家の中から排出することができるようになりました。ただし空気の流れをコントロールできなかったので、燃焼熱のほとんどは強力な上昇気流に乗って煙突から勢い良く逃げていってしまいます。暖房には火から放出される放射熱しか利用できないため、暖炉の熱効率は10〜20%程度と極端に低いものでした。

この問題を解決するべく、給気と排気の流れを制御できるストーブが登場します。気密をとった本体の中に火を閉じ込めて、給気口の開度を調整できるようにしたことで、空気の流れを必要最小限にコントロールすることができました。併せてストーブ全体を放熱面として放熱を促進することで、ストーブの熱効率は70%程度と大幅に改善され、燃料である薪の量を大幅に減らすことに成功します(図6)。アメリカ建国の英雄であるベンジャミン・フランクリンはこの燃料節約のため、自ら薪ストーブの開発に取り組んだと言われています。

図6 薪ストーブの温熱環境
図6 薪ストーブの温熱環境。薪ストーブの発明により燃焼空気の調整ができるようになったことで、燃焼熱の多くを有効利用できるようになりました。薪ストーブの表面温度は最大で300℃近くに達し、放出される遠赤外線による「放射」と表面の空気が温まって上昇する「対流」によって部屋が温められます。右は、シミュレーションによる薪ストーブ使用時の壁表面温度および空気温度の分布です。壁表面温度は薪ストーブからの「放射」により同心円上に温度分布ができる一方で、空気温度はストーブ表面で「対流」により加熱された暖気が上方に貯まっている様子がわかります。概ね、放射と対流による加熱量はそれぞれ同程度といわれています。

ロシアでは、煮炊きのカマドから発生する煙をレンガ造りの中空壁に通し、壁全体から熱を室内に穏やかに放熱させる「ペチカ」が誕生します。残念ながら筆者はペチカの暖房を体験したことはないのですが、その穏やかなフィーリングは現在でも捨てがたい良さがあるそうです。

そして何よりも煙から熱を最も効率的に分離していたのは、やはり韓国のオンドルでしょう(図7)。ご存知の通りカマドの煙を床下に誘導し、煙突から排気する仕掛けです。

図7 韓国の伝統オンドル
図7 韓国の伝統オンドル。オンドルは煙から熱のみを分離した見事な暖房技術といえるでしょう。床下の焚口から発生した煙は床下を通り、煙突から排出されます。床は油紙で丁寧に気密がとられており、煙を通すことなく熱だけを取り込みます。

一見シンプルに見えますが、床下の煙道や煙突の構造は煙を効果的に誘導する巧みな仕掛けとなっています。床は油紙で何重にもシーリングされて煙は室内にほとんど漏れず、熱だけが表面に伝わって床全体を穏やかに温めます。低温の熱まで使い切ることができるので、効率アップと燃料節約にも貢献したと思われます。韓国では、オンドルというのは暖房設備だけではなく、「冬を過ごす気密性の高い部屋」のことも意味します。オンドルは正真正銘の「暖房」が可能であった、当時世界トップクラスの技術といってよいでしょう。

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