エリアの大きさで、未来は決まらない。富山県朝日町「みらいまちラボ」で考えた、地域企業の新たな役割

公開日:2026.6.3 最終更新日時:2026.6.3

札促社の代表 小林大輔によるルポルタージュ。10年以上にわたる工務店経営サポートの実績を背景に、工務店が今求められる事業のヒントを紹介します。

先日、富山県朝日町で継続的に開催されている「みらいまちラボ」に、参加してきました。

「みらいまちラボ」は、レオス・キャピタルワークスの藤野英人さんと、株式会社家印の坂東秀昭さんが合同代表を務める取り組みです。ちなみに家印という社名は、「家」に「印」と書いて「家印(やじるし)」。地域に新しい方向性を示していくような、とても象徴的で素敵な名前を持つ会社です。

会場となっている朝日町は、富山県の東端に位置する人口約1万人の小さな町。「みらいまちラボ」は今回で12回目を迎えます。まちづくりの取り組みを単発のイベントに終わらせず、”地域の未来を考え続ける運動”として、継続的に場づくりが行われていること自体が極めて珍しく、印象的に映ります。

パネルディスカッションの様子

今回登壇したのは、『里山資本主義』の著者である藻谷浩介さん、『「風の谷」という希望――残すに値する未来をつくる』の著者である安宅和人さん、そして富山県知事の新田八朗さんという、非常に豪華な顔ぶれ。モデレーターを藤野英人さんが務めていました。実はこの4名はいずれも「富山県成長戦略会議」のメンバーであり、富山という地域の未来を実装レベルで議論し続けているチームでもあります。

メディア企業の経営者として、そして地域の暮らしを見つめる一人として、改めて「地域とは何か」「自社の存在意義はどこにあるのか」を深く考えさせられる場となりました。

人口規模だけで価値は測れない。比較の基準を問い直す

藻谷さんのお話の中で特に印象的だったのは、「何と比較して、”何もない”と言っているのか」という鋭い問いかけでした。

人口1万人規模の自治体では、「自分たちの町には何もない」という言葉がよく聞かれます。しかし藻谷さんは、「人口1万人でも、国になることはできる」と語ります。実際に世界を見渡せば、人口1万人未満の国家も存在しており、”人口が少ない=社会が成立しない”わけではありません。むしろ問題なのは、私たちが無意識のうちに日本の大都市の基準だけで地域を測ってしまっていることではないでしょうか。

『里山資本主義のその先へ』をテーマにお話しする藻谷浩介さん

日本は人口で見れば世界有数の大国です。その感覚のまま地方を見ると、地方はどうしても”何もない場所”に映ってしまいます。しかし、世界基準の目線で捉え直せば、富山県も、北陸も、十分に独立した文化圏・経済圏として成立し得る規模感を持っています。

これは、私たちの経営判断にもそのままあてはまる話です。「市場規模が小さい」「商圏が狭い」と嘆く前に、”一体何と比較して小さいと言っているのか”を問い直してみる。比較の軸を変えるだけで、自社の事業領域は十分に持続可能な規模に見えてきます。エリアの大きさで未来が決まるのではない。未来を決めているのは、私たちが持っている比較の基準そのものなのです。

「当たり前」に隠された価値。外部の視点を経営に組み込む

さらに藻谷さんは、「自分の魅力は自分では分からない。分かっている人はナルシストだ。そういうやつはだいたい悪いやつだ(笑)」と、ユーモアを交えながら本質を突いたお話をされていました。表現はやわらかいですが、とても深い指摘です。

例えば、オーストラリアやオランダの人たちから見ると、朝日町の豊かな自然や風景は驚くほど魅力的に映るそうです。山から流れた水が短い距離で一気に海へと流れ込む独特の地形、豊かな水循環、そして稲作が成立する自然条件。私たち日本人にとっては”当たり前”の日常でも、世界的な視点で見れば決して当たり前ではない独自の価値があります。

朝日町の海岸近く、田圃の中に湧出している湧き水

つまり、地域の本当の価値は、その中にいるだけでは気付きにくいもの。だからこそ、他者視点を取り入れ、他と比較し、外に対して開いていくことによって初めて、自分たちが持っている本当の価値が浮き彫りになります。

これは、中小企業や地域企業のブランディングにも直結するテーマです。社内の常識や当たり前だと思っていることは、外部から見れば最大の差別化要素であることが少なくありません。にもかかわらず、社内では「当たり前すぎて」価値として扱われないことが多いのです。顧客や他業界、海外、あるいは若い世代の目といった「外部の視点」を、意識的に経営に取り込む仕組みを持っているかどうか。結局はそこが、これからの企業の競争力の差につながっていくのだと感じます。

「地方創生」の先へ。地域を一つの「系(システム)」として捉える

一方、安宅さんのお話は、より大きな視点から「この先、人類はどう生き続けるのか」という壮大なテーマでした。

著書『「風の谷」という希望』の中でも提示されているのは、人類が直面する2大課題です。一つは人口減少局面をどう乗り越えるか、もう一つは地球との共存をどう実現するかという、これからの時代を生き抜くための本質的な問いです。豊かな国ほど都市化が進み、出生率が下がるのは先進国共通の課題であり、もはや人口増加を前提に社会を設計する時代ではありません。

『「風の谷」という希望―残すに値する未来をつくる』の著者 安宅和人さん

その中で安宅さんが問いかけていたのは、「どう人口を増やすかではなく、どう生き続けられる形をつくるか」ということでした。その中心にあるのが、「疎空間」という考え方です。

都市に人を集約する「コンパクトシティ」は、都市化の文脈における合理的な解決策ですが、それだけでは地方全体を支えることにはなりません。だからこそ、都市集中の代替案としての「疎空間設計」が必要になります。

非常に興味深いのは、安宅さんがこれを単なる思想や理想論で終わらせていない点です。『風の谷』のプロジェクトでは、エコノミクスやレジリエンス、求心力と三絶、そして文化・価値創造という4つの課題を整理。さらに、森・流域・田園といった自然環境から、道・水・ごみなどの生活インフラ、エネルギー、ヘルスケア、教育、食と農に至るまで、地域を一つの有機的な「系(システム)」として捉えています。

絶景を室内に取り込む住まい

これは、地域で事業を営む私たち経営者にとっても極めて重要な論点です。自社の事業を単一の「商品」として捉えるのか、それとも「地域というシステムの中の一機能」として捉えるのか。後者の視点を持つことで、住宅、エネルギー、食、教育、コミュニティーといった隣接領域との接続点が、自然と新たな事業機会として見えてきます。人口減少局面で生き残る企業は、単品の最適化ではなく、地域システム全体への貢献から逆算して事業を設計しているはずです。

「住める場所」から「生きたくなる場所」へ。人を惹きつける情緒的価値

安宅さんのお話の中で、特に住まいや暮らしに関わるメディア視点から見て印象的だったのが「求心力」という概念でした。地方で持続可能な空間をつくるためには、何よりも”人を惹きつける力”が必要です。

そして、その求心力を生み出すものとして、絶景、絶生、絶快という「三絶」が挙げられていました。ただ景観が美しい(絶景)だけでは足りず、暮らしが成立する(絶生)だけでも足りない。そこに、圧倒的な気持ち良さや体験価値(絶快)まで含めて、心が動かされる空間になっていなければ、人は惹きつけられません。つまり、単なる「住める場所」ではなく、”どうしてもここに生きたくなる場所”をどうつくるか、という問いです。

この視点は、商品やサービスの設計にもそのまま転用できます。「使える」「便利」「機能的である」という価値だけでは、もはや人の心は動きません。「使いたくなる」「関わりたくなる」「その場所に身を置きたくなる」といった情緒的な価値まで設計できているかどうか。ビジネスの現場であっても、最終的に意思決定をするのは血の通った人間です。「機能としての合格点」と「人を惹きつける求心力」は別物であるという前提に立ち、自社のサービスを今一度点検する重要性を強く感じました。

関係人口から未来を描く。主語を大きくすることで生まれるビジョン

最後のクロストークでは、新田知事、藻谷さん、安宅さんに、モデレーターの藤野さんを交えた4名で熱い議論が展開されました。その中で心に残ったのが、新田知事が語られた「幸せ人口1000万〜ウェルビーイング先進地域、富山〜」というビジョンです。

パネルディスカッションの様子

富山県の現在の人口は約99万人と、すでに100万人を割り込んでいます。しかし、その数字を悲観するのではなく、「どれだけの人の幸福(ウェルビーイング)に影響を与えられるか」という視点で未来を描いています。

これは単なるスローガンではありません。富山県独自のデータによると、すでに約700万人もの「関係人口」が存在しているそうです。計測の定義は独自のルールによるものですが、人口99万人の県が、自分たちの影響圏として700万人規模のつながりを可視化しているという事実は非常に重い意味を持ちます。

つまり、「富山県の99万人をどう維持するか」ではなく、「富山を起点に、すでにつながっている700万人、そしてこれからつながる1,000万人のウェルビーイングにどう貢献できるか」という、圧倒的な発想の転換です。

これを受けて藤野さんが繰り返し強調されていたのが、「朝日町だけを良くする話にとどめず、富山県へ、日本へ、そして世界へと、主語を大きくしていく必要がある」ということでした。なぜなら、目指すべきビジョンが大きく、本質的でなければ、優秀な人材は力を貸してくれないからです。

事実、今回の朝日町には全国から270名を超える人々が集まっていました。人口1万人の小さな町にこれだけの人が集まるのは、決して偶然ではありません。「小さな町をどう延命するか」という内向きの議論ではなく、「未来の社会モデルをどうつくるか」という、外に向けた大きなビジョンを掲げているからこそ、人は引き寄せられるのです。

会場には全国から200名以上の人が集まった

ここにも、地域企業の経営における決定的なヒントがあります。自社の住所地の人口や、目先の商圏内の顧客数だけを母数として見ているうちは、戦略の選択肢は狭まる一方です。富山県が関係人口を母数として捉え直しているように、自社にとっての「関係母数」を再定義すること。「自社の売り上げをどう伸ばすか」ではなく、「自社を起点に、誰の、どんな未来を変えるのか」。主語を一段大きくしたビジョンを掲げられるかどうかが、これからの時代の分岐点になると確信しました。

地域企業は「未来を構想する主体」へ。工務店・建設会社が果たすべき新たな役割

今回、この「みらいまちラボ」に参加して、最も素晴らしいと胸を打たれたのは、この熱い運動の真ん中に、地元の工務店や建設会社がいたことでした。

単なる自社の住宅イベントやプロモーションではなく、地域の未来そのものを議論する場を、地域のつくり手である事業者が主幹事となってつくり上げている。これこそが、これからの地域企業が目指すべき理想の姿ではないでしょうか。

地域に根差す企業の役割は、単なる「供給の主体」から、地域の未来をデザインし、人々をつなぎながら新たな価値観を編集する「構想の主体」へと、劇的なパラダイムシフトを遂げています。こうした挑戦は、決して一握りの特別な組織に限定されたものではありません。この地に深く根を張るすべてのプレイヤーに、その可能性は開かれているはずです。

自然をはじめとした地域の資産を生かし、「生きたくなる場所」を創出する朝日町の風景

だからこそ、坂東さんが主導する「みらいまちラボ」が、単発の催しにとどまらず、未来への意志を紡ぎ続ける「運動」として深化している事実に、深い感銘を覚えます。この朝日町発の熱源が、富山、そして日本全体を照らす大きなうねりとなるよう、私たちもメディアとしてともに歩みを進めていきたいと考えています。

私たちのメディアが今、取り組んでいる「ローカルデベロッパー」や「まち上場」、「空き家×エリア再生塾」といった構想も、まさにこの思想の延長線上にあります。

人口1万人の町だからこそ、日本の、そして世界の未来を実感を伴って考えられる。今回の朝日町での体験は、私にとっても、私たちが目指すべき未来の入り口を照らしてくれる、極めて有意義な時間となりました。

取材協力・写真提供:家印株式会社

(取材・文/小林大輔 )

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