実際に歩いてみて感じた、ヘルシンキ南西部の街「ヤトカサーリ」の魅力。
フィンランドに半年間滞在していたReplanスタッフがお届けする、北欧の暮らしや建築のこと。
目次
フィンランド・ヘルシンキと聞いて、みなさんはどのような景色を思い浮かべますか?歴史を重ねた石畳のストリート、クラシカルなアールヌーヴォー様式の建築、あるいは豊かな森と湖……。そんな「クラシックな北欧」のイメージを心地よく裏切ってくれる、極めてモダンで人間味あふれるエリアが、ヘルシンキの南西部にあります。
その名は「ヤトカサーリ(Jätkäsaari)」。かつては巨大な貨物港だったこの場所は、2008年ごろから大規模な再開発がスタートし、現在進行形で「未来の住宅街」へと姿を変え続けています。
「ヤトカサーリが面白いらしい」
そんな噂を前々から耳にしていたことから、フィンランド滞在中のある日、3時間ほどこの街をゆっくりと散策してきました。
歩き始めてすぐに僕が感じたのは、「ここは本当にフィンランドなのだろうか?」という不思議な違和感でした。初めて訪れたはずなのに、どこか既視感がある。日本にもありそうな先進性を感じさせつつも、日本の都市開発ではなかなかお目にかかれない「ゆとり」と「デザインの力」がそこには満ちていました。

今回は、この程よい違和感に満ちたモダンな街・ヤトカサーリの誕生背景と現在の暮らしを見つめながら、日本の住まいや街づくりにも通じる「これからの豊かな居場所」のヒントを探っていきます。
港から住宅街へ。
ダイナミックな職住近接の街づくり
ヤトカサーリはもともと、ヘルシンキ最大の貨物港として機能していたエリアです。南西の突端に位置するこの広大な陸地は、埠頭や巨大な倉庫、鉄道ヤードで埋め尽くされ、かつては一般市民が立ち入るような場所ではありませんでした。20世紀後半のヘルシンキにおける物流・経済のまさに「心臓部」だったのです。
転機が訪れたのは2008年のこと。市東部に最新鋭の「ヴオサーリ港」が開業したことに伴い、ヤトカサーリの貨物機能はすべてそちらへと移転されることになりました。中心部の騒音や大型トラックの交通渋滞を解消するための、都市スケールの英断でした。

こうして、中心部に隣接する約100ヘクタールもの一等地が、巨大な「白いキャンバス(空き地)」として残されたのです。
ヘルシンキ市はこのチャンスを逃さず、2009年から本格的な再開発プロジェクトを始動させました。単なるベッドタウンをつくるのではなく、「2030年までに約18,000人が暮らし、6,000人の雇用を生み出す」という、職住近接かつ持続可能なスマートシティの計画です。
物流の拠点から、人々の穏やかな暮らしの舞台へ。この大胆な機能転換こそが、現在のヤトカサーリの骨格を形づくっています。

新しいけれど、冷たくない。
「素材」と「光」が紡ぐヒューマンスケール
ヤトカサーリに一歩足を踏み入れると、ここが綿密な計画のもとで開発された「新しい街」であることが直感的に伝わってきます。伝統的なヨーロッパの旧市街のような不規則さはなく、整然とした街並みが広がっているからです。
しかし、不思議なことに、新開発のエリアにありがちな「無機質さ」や「冷たさ」は微塵も感じられません。その理由は、建築デザインの圧倒的な多様性と、人間中心のスケール感(ヒューマンスケール)にあります。
立ち並ぶ集合住宅は5〜8階建て程度と中層で、威圧感を与えない絶妙な高さで統一されています。さらに驚くべきは、隣り合う建物の外壁材、色合い、バルコニーのデザインがすべて異なっている点です。


ある建物はニュアンスのある赤レンガ、隣は温かみのある無垢の木材、その向こうはモダンなコンクリートやガラス。建築家たちが個性を競い合うショーケースのようでありながら、全体の高さや街路との距離感が統一されているため、街全体として美しいハーモニーを奏でています。
また、どの住戸にも大きな窓や、ガラスで囲まれたサンルームのようなバルコニーが設えられています。これらは北欧の貴重な太陽光を部屋の奥までとり込むための知恵です。

さらに、建物の屋根にはさりげなく太陽光パネルが敷き詰められ、地下にあるゴミを空気の力で一瞬にして回収する「自動廃棄物収集システム」の投入口が街のあちこちにデザインされています。最先端のエコ・テクノロジーが、温もりある自然素材のファサードの裏側に美しく溶け込んでいるのです。

歩行者優先が生み出す、
暮らしの「余白」と「歩きたくなる魔法」
ヤトカサーリを歩いていて最も心地よく感じるのは、街全体の「近さ」と「余白」のバランスです。ヘルシンキ中央駅からトラム(路面電車)に揺られてわずか10分。徒歩でもアクセスできる抜群の利便性を持ちながら、一歩街に入れば、目の前にはバルト海の美しい水平線が広がります。
そして、通りには車よりも歩行者や自転車の姿が目立ちます。ヤトカサーリでは意図的に車の最高速度が制限され、歩行者専用道路と自転車道が完全に分離して整備されているため、誰もが安心して歩くことができます。

散策していると、まるで呼吸をするように、次から次へと異なる表情を持った公園やプレイグラウンド(遊び場)が現れます。
- 砂場やカラフルな遊具がある子どもたちのための広場
- 大人が読書をしたりピクニックを楽しんだりできる、ベンチと芝生の広場
- 犬たちがのびのびと走り回れるドッグラン
これらのオープンスペースが、建物のあいだに「心地よい余白」として絶妙な配置で挿入されています。奇抜なモニュメントを置くのではなく、「人が主役になれる屋外空間」を丁寧につくること。それこそが、この街の住みやすさの核心かもしれません。

多様性を包み込む、オープンでフラットな空気感
ヤトカサーリを歩いていて、もうひとつ新鮮だったのは、すれ違う人々の多様性でした。
公園で遊ぶ家族連れ、カフェで語らう若者たち。彼らから聞こえてくる言葉は、フィンランド語だけでなく、英語やその他の多様な言語でした。
それもそのはず、ヤトカサーリのすぐ隣には、エストニアのタリンやドイツなどを結ぶ巨大な国際フェリーターミナル(西ターミナル)があります。日々、多くの旅人やビジネスパーソンが行き交うこの港の存在が、街全体にどこか「外に開かれた、自由でフラットな空気」をもたらしているのでしょう。

また、この街の「多様性」は、住民の社会的な背景にも現れています。
ヤトカサーリの集合住宅は、民間が販売する分譲マンションだけでなく、賃貸住宅、そして市や国が支援する公営のサブシディ住宅(手頃な家賃で提供される住宅)が意図的にミックスされています。地価の高い人気エリアでありながら、若者からシニア、単身者から大家族、移民バックグラウンドを持つ人々まで、あらゆる人が排除されずに暮らせる仕組みがつくられているのです。
単一の価値観で固まるのではなく、異なる人々が同じ街の風景を共有し、お互いの存在を認め合って暮らす。そんな北欧らしい「包摂性(インクルージョン)」が、このカラフルな建築群と豊かな公園のあちこちに息づいていました。

ヤトカサーリが教えてくれる
これからの日本の街づくりのヒント
たった3時間の散策でしたが、ヤトカサーリの街並みは僕に多くのインスピレーションを与えてくれました。

日本のニュータウン開発や都市再開発の多くは、往々にして効率や経済性が最優先され、同じようなデザインのビルやマンションが画一的に並びがちです。車中心の道路設計になり、歩行者は狭い歩道に追いやられてしまうことも少なくありません。
ヤトカサーリが僕たちに見せてくれるのは、その真逆のアプローチです。
- 「新しさ」の中に、自然素材や光といった人間の五感に寄り添うデザインを取り入れること
- 車ではなく「歩く人」を主役に据え、街全体に思わず歩きたくなるような余白(公園やベンチ)を散りばめること
- 分譲・賃貸・公営をミックスし、多様な人々が自然に交われるフラットなコミュニティーをつくること
ただ新しくきれいにするだけでなく、そこで「生活をする人が能動的に動き、心地よくつながれるか」を徹底的にサポートするデザイン。これこそが、僕たちが日本の住まいや地域社会、これからの街づくりに今いちばん取り入れたい視点ではないでしょうか。

ヘルシンキを訪れる機会があれば、歴史ある美しい旧市街を巡ったあとに、ぜひトラムに乗ってこのヤトカサーリまで足を延ばしてみてください。そこには、僕たちがこれからの未来に紡いでいきたい、優しくて温かい「これからの暮らしの風景」が一足早く広がっています。

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